琴葉茜-養護教諭の先生。親しまれてるので女子生徒に茜ちゃんと呼ばわれてる。 水奈瀬コウ-東北きりたんの担任。 東北きりたん-気づかないふりと知らないふりをよくしてしまう。が、それをしていることを自覚してる。
盗み聞きすると大抵よろしくないことが起きるというのが私の中の認識としてある。
例えば夜中トイレに行こうと起きると両親の離婚話を聞いたり、例えば教室で仲がいいと思っていた子が私の陰口を言ってるのを聞いたり。
だから、なるだけ聞かないようにする。聞かないように、気づかないように。でも、たまに聞きたくて仕方のない会話だってある。例えば、保健室前で担任と仲のいい養護教諭の密談を聞いてしまった時とか。
*
保健室の前で目立つ髪の二人の姿を見た。
二人で扉の前の壁にもたれかかって。楽しげに、知らない表情で。
咄嗟に隠れてしまった。なぜかは、よくわからない。
「で、良かったわ。ありがとうな貸してくれて」
「最初読んだ時からお前好きだろうなって思ってたし、刺さったみたいで良かった」
「いやー、ほんまコウには感謝してるわ」
なんてことはないただの小説の貸し借りの話だ。さっさと去るべきだというのはわかってる。それでも好奇心には勝てない。
「そういえば今日お前んちいってええ?」
「あー…じゃあ帰りスーパー寄っていいか?」
「ええけど何?」
「トイレットペーパー」
「お、ダブルにしよ。ダブル。匂い付きのピンクの」
「お前他人の家のそういうのに口出すのどうなの」
「はは、じゃあ帰りな」
「おう」
ガラッという音が聞こえた。きっと茜ちゃんが保健室に帰ったのだろう。
コツコツと足音が聞こえたから、咄嗟に近くの女子トイレに入ったなんだか心臓がうるさい。
先生と茜ちゃんが、大人が、人が、一個人であることを知った。
先生には先生以外の顔があって、茜ちゃんも茜ちゃんだと思ってたけどそれはあくまで保健の先生で、明るくて親しみやすい茜ちゃんでしかなくて、琴葉茜としていられる場所があって、きっとそれは姉にもあって、いつか私にもそういう建前と本音を使い分けるように、顔を使い分ける日が来るのだろう。
その時、私の横には素顔を見せられる相手はいるのだろうか。そう考えると、なんだか。
「恐ろしいなぁ…」
その声は夕焼けと共に消えていった。
どうやって帰ったのだろう。それはわからないがとにかくいつのまにか私は部屋にいた。
ランドセルを置いて、ベッドに横になって、手も洗わずに目を閉じる。
姉様怒るかな。
それとも心配するだろうか。
それは、やはり姉としての顔で、東北ずん子基、東北じゅん子としては違うのだろうか。
例えばそんな日もあると笑って許す上の姉も、やはり姉としての顔で、東北イタコとしては違うのだろうか。
家族というのは当たり前にそばいるからこそ、念頭から消えていたが、そうかそういえばそうじゃないか。
盗み聞きをしてしまったお父さんやお母さんは両親としてではなく彼らの顔でいて、陰口を言ってたあの子は、私の前ではない顔をしていたのだ。
なんだ、今まで私が無視してただけで最初から人は、みんな、一個人で、それぞれ私と同じ生きてる人なのだな。
私だけが個人ではないのだな。
そんなことを考えて、いつの間にか眠った。
朝、シャワー浴びないと。
*
「あっ」
登校した時、何の気なしに声が漏れた。
目の前から先生が歩いてきてたから。彼はめざとく私を見つける。
「どうかしたの? きりたん」
「えっと、今宿題が出てたことを先生を見て思い出しました」
「あらら。珍しいね。プリントある? なかったら印刷してくるけど…読書時間までに終わらせられる?」
「はい、あります。ちょっと、教室行きます」
「廊下走らないでね。あ、あと写すのもだめだよ」
「はーい」
本当に忘れていた宿題のことを考えながら頭の片隅で思う。彼は結局ダブルの、ピンクの、なんかいい匂いのするトイレットペーパーをかったのだろうか。
私にはそれを知る機会はないだろう。それと同時に思う。
彼らにも私が二人が一個人であることを改めて知ったなんてことを知る機会はないのだ。
人は、例えば道ですれ違う人にも生活があり、目の前にいる名前も知らない下級生にも家族がいて、おはよーなんて挨拶をしてくれる友達にも人生があるのだ。
自覚をしなかった今までと、世界が少し違って見える。
一人一人に人生があり、好き嫌いがあり、家族がいたりいなかったりして、それぞれにそれぞれの顔があって、それぞれに悩みがあるのだ。
知り合いA,B,C…Z,Aa…などでは決してないのだ。
それを自覚してしまった今、私はきっと彼ら彼女らが一個人であるということを度々思い出してしまうだろう。群衆の一人ではなく彼は、彼女は、あの人は、この人は、先生は、茜ちゃんはと言ったことを考えるのだろう。
やはりそれは、恐ろしいなぁ。
2021年09月30日公開
2022年11月16日更新