出る杭は打たれる

水奈瀬コウ-教師をほどほどに楽しんでる。
琴葉茜-中途半端な時期に引っ越して馴染めずにいる。


 父と母が再婚して、関西から関東に引っ越して、妹と同じ小学校も転校してわかったことは自分が浮いているということだった。
 聞き慣れた関西弁は存在せず、標準語に溢れた世界。見慣れない番組に、よく知らないチェーン店。話が噛み合わなくて、疲れるのだが周りからすると私の話が噛み合ってないのだ。
 家はお父さんともお母さんもと暮らせて、何より葵ちゃんが居るから楽しいけど学校だけは前の所のままがよかったななんて思う。
 先生のノリだって違う。
 担任の水奈瀬先生は真面目そうな、堅っ苦しい人で、授業中の雑談はことわざのことしかない。

「こっちの学校には慣れた?」
「……ぼちぼち?」
「そっか。ぼちぼちかぁ」

 放課後の、教室。二人きりでの会話は退屈だ。
 未だにこの学校に馴染めていない私は担任と面談を行う必要があるらしい。こっちに引っ越してきて、三回目の面談。話すことは特にない。する必要があるのか、正直わかっていない。

「何か困ってることとかない?」
「えー……せんせの授業クソつまらんこと?」

 冗談混じりにそう言うと、先生は軽く笑う。

「手厳しいな。まぁ、真摯に受け止めるよ」
「……」

 不発。前の先生やったら突っ込んでくれたり笑ってくれたかもしれんのに。なんだかため息をつきたくなる。
 そんな私を先生は見ながらそういえばと口を開く。

「君のお母さんから聞いた話で、まるで陸に上がった河童のようだと思ってさ」
「かっぱぁ?」

 河童。妖怪で、緑できゅうりを食べるあれだろうか。あまり、いい意味合いで使われてるとは思えずついムッとしてしまう。
 先生は慌てたように、否定する。

「あー、妖怪の河童は本来川の中にいる。だから、陸に上がったら本来の力が発揮できない……まぁ、本領発揮みたいな意味合いだよ。例え……というか、ことわざ」

 またことわざか。そんな事を思いながらも言われた意味を反芻する。
「本領発揮かぁ……」
「だから、困ってることないのかなって」

 そう言うと青い目がこちらに刺さる。

「……ないよ。なーんも」

 私は、この先生のことが未だによくわからない。だから、何をどれほどどんな感じに話せばいいのかわからない。

「せんせ、もう帰っていい?」
「……うん。いいよ。また来週のこの時間に面談でいいかな」
「はい」

 形式上やってるだけなら早くこの面談無くならないかなと、思いながら適当に返事をする。

「じゃあ、またね。茜」
「せんせ、さよーなら」

 そう言って教室から出て、少し駆け足に下駄箱まで向かう。
 別に、虐められている訳でもない。ただ少しだけノリが合わなくて、たまに陰口を言われているだけで。そう、よくある話だ。私が馴染もう馴染もうと頑張ってるけど、上手く言ってないだけだ。
 葵ちゃんは先に帰ると言っていたのに私はわざわざ葵ちゃんの下駄箱を眺めてしまう。当たり前に靴はない。
 ため息をついて自分の下駄箱から靴を下に落として、上履きから履き替えて、上履きを入れる。
 帰ったら何をしようか。ゲーム……いや宿題が先だろうか。お母さん次第かな。ふと、帰り道、道の向こう側にある公園から声が聞こえた。
 覗き込んでみると葵ちゃんとクラスで見たことがある人がいた。みんな楽しそうに遊んでいる。あそこにまーぜてといえば私も遊べるのだろうか。
 いや、そもそも別に私はあの子たちと遊びたいわけじゃない。ただ、浮いてるのが少し怖いだけだ。浮いていると、心配をかけてしまうから。
 ふと、葵ちゃんがこちらを見た気がして早足で家まで向かう。玄関の鍵はかかってないから何も気にせずに扉を開けた。

「ただいまー」

 そう言いながら靴を脱いで、揃える。すると少し立ってから返事。

「……おかえりー」

 バタバタと音を立てた後リビングの扉が開いた。

「お母さん仕事?」
「うん。でもそろそろご飯用意しないとねー。あっ、買い物一緒に行かない?」
「ええよ」

 そんな会話をしながら思う。明日もきちんと挨拶して、話題合わせないと、と。

 

 一週間後、また面談が来た。

「最近はどう?」
「……普通でーす」

 そう答えるとそっかと小さくつぶやかれた。

「……授業は?」

 一瞬何を言っているのかわからなかった。

「授業?」
「僕なりに面白くしてみたんだけど」

 そう言われて授業のことを思い返す。授業? 面白く? なにかあっただろうか。

「……あっ、あ〜なんか、あれ? 授業中に世界のことわざ紹介したやつ……? ですか?」

 確信はないが、それ以外に思い当たることはない。

「うん。あの、面白い本を買ったからその紹介も兼ねてたんだけど」

 確か、学級文庫に世界のことわざだのなんだのと言った本を増やしたとか言っていた気がする。珍しく歯切れの悪い先生にはっきりと伝える。

「いや……そんなに?」
「……そっかぁ」
「はい」
「……具体的には、どうつまらなかった?」
「えっ? えーっと……興味ない話題でなんか気分盛り上がらんし……身近じゃないし……そもそもノリが淡々と話すから合わへんってか……」

 そこまでいってあぁ、これは自分にブーメランが刺さってるななんて思う。
 私の話す話題は他の人からしたら興味ないやろし、関西の話をしてしまうし、クラスメイトとのノリは先生とかのが近くて騒がしいのとは違う。

「そっかぁ」

 先生の納得するような声で現実に引き戻される。

「いや、その、やっぱうちがぼーっとしてたから、うちだけつまらんだけやったかもしれんし」

 クラスメイトの中には真剣に聞いてる子もいた気がする。私だけがどうでもいいと思っていたのかもしれない。

「……その、うち、ノリが違うから」

 思わずそんなことを言ってしまう。
 先生が何か言う前に言い訳するように、ベラベラと口が回る。

「いやほら、うち関西からきたやん? それでさぁ、なんかうちこっちとノリがちゃうからさ。こないだも話のオチがなかったからオチないんかい! ってちょっとこづいちゃってさぁ。もうみんなえぇ……って反応でさ。いやもうめっちゃ困っててん。いやこの話もオチないから人のこと言えへんよなぁ!」

 そんなことを言っても笑い声はない。絶対に地元ならえー、最悪やん! とか声がかかるのに。何もない。ただひたすらに無反応だ。
 空気がどんどん悪くなっている気がする。
 なにか、盛り上げないといけない気がする。なんだか喉が乾く。また、陰口を言われる。葵ちゃんに心配される。家族にも気を遣わせる。それは、嫌だ。
 せっかく、またみんなで暮らせているのに、私のせいでぐちゃぐちゃになんてしたくない。
 話題を考えようとするところで手をつかまれる。

「横槍を入れるようで申し訳ないけど、一旦、深呼吸しない?」

 青い目でそう言われて、だんだん焦っていた気持ちが落ち着く。深呼吸を、何回かすると、手が離された。
 そうして少しの間、沈黙が落ちた。西日が、目に刺さって眩しい。

「……出る杭は打たれる、ということわざがあるんだよ」

 不意に、先生が口を開く。また、ことわざか。そんなことを思いながらも思わず聞いてしまう。

「……どういう意味なんです?」
「輪から出過ぎた振る舞いを行うと嫌われるとか、才能ある人は妬まれて邪魔されたりっていう意味」
「へー……」

 輪から出過ぎた。そうなのだろうか。先生はそう思っているのだろうか。少し、胸が痛くなる気がした。思わず俯いてしまう。

「……でも、僕はこのことわざが……はっきり言って嫌いなんだよ」

 そう言われて少し顔を上げた。

「そもそも才能ある人を妬むことは仕方ないと思うけど、その人の邪魔をするような行いは恥ずべき行為だと思ってる。みんな揃って一等賞でできない子が救われたとしても、優れている人は救われることはない。それに輪を乱すということは推奨される行為ではないけど、それを頭ごなしに一緒になれというのだって、僕はどうかと思う」

 先生の表情は本当に不愉快だとでも言うふうに歪んでいる。

「だから、茜が何か馴染めないことで悩んでいるなら力になりたいし、もしもそのことを本当に気にしてないのならそれはそれでいいと思う」
「……せんせってさぁ」

 そこまで言われて、思わず声が出た。

「なんか、教師っぽくないよなぁ」

 みんな揃って一等症に何かを感じたことはなかった。馴染めないことを悩んでいるのだとずっと思っていたが、そもそも馴染む必要がないのだとは思ったことがなかった。
 だって、それが当たり前で、それが教わってきたことで、だから、今まで教わってきたことと違うことを教えてくる先生は教師っぽくない。と思ったのだが先生は困った顔をしている。

「……それは、どう言う意味で?」
「いや、うーん……褒め、てる?」
「じゃあ、ありがたく受け取っておくよ」
「その割には嫌そうやなぁ」
「まぁ、複雑……だね。だいぶ」

 そこまで話してふと思った。

「先生も出る杭やったりすんの?」

 そう聞くと先生曰く複雑な顔からいつもの顔になる。

「それは、あるかもしれないな」

 そう言われて、なんとなく私の中にあるものを言ってもいいかもしれないなんて思う。

「……あのさ、例えやねんけどさ、うちが出る杭やとして、打たれてること、うちは気にしてないんよ。でもな、周りがきぃつかうねん。どしたらええの」
「……それは、気を使うのもわかる」
「えぇ……」
「でも、ことわざではないけど出過ぎた杭は打たれないという言葉もあるから、思い切って飛び出してしまうのもいいかもしれない」

 その言葉になんだかいいなと思う。

「うちそっちがいい」
「そっか。じゃあ、本とか読んでもいいかもしれない」
「なんで?」
「基本的に学校に持ち込んでも怒られないし、一人になれる理由になるから」
「えー、でもなぁ……」
「まぁ、どう言うのでもいいと思う。ゲーム好きとか言ってなかったっけ」
「あっ、好き」
「じゃあ、持って来ちゃダメだけどゲームもいいかもね。何にしても社会と断絶しない程度に楽しむといいよ」
「だんぜつ? ってのしたらあかんの?」
「道は幾つでもあった方がいいからね」
「うーん?」
「……小説を読むことは読解力を鍛えることに繋がるから、暇なら読んでみてもいいと思うよ」
「そーする。せんせのいうこと、たまによくわからんし」
「聞くはいっときの恥、聞かぬは一生の恥だからいつでも聞いていいよ」
「ほな、そうする」

 引っ越して、家以外に楽しいことはなかったけど、先生との会話は悪くないかもしれない。
 無理して馴染まなくてもいて大丈夫。
 出すぎた杭は打たれない。
 そんなことを考えながら先生と日が暮れるまで話し続けた。

2022年01月16日公開
2022年12月08日更新