未来と過去と、あなたと私と、緑と白

京町セイカ-未来人
紲星あかり-現代人

 たしか、先輩は未来とは不確定で、不確かだからこそいいのだと言っていた。
 一人一人の中に未来があり、それは決して同じイメージではないのだと。
 そう、未来に対する思いを口にしていた。
 それに、私はほどほどに感銘を受けていた。
 そんな私を目の前に、彼女––京町セイカは言った。

「私は未来人です」

 そう、まっすぐな瞳で。

 

 京町セイカは不思議な女性だった。
 聞き上手で、自分のことを語らない。落ち着いた緑のセーターがよく似合って、たまにつけるエメラルドみたいなイヤリングが目をひいて、笑う時に手で口元を隠す。
 15歳の私の瞳にはミステリアスな大人の女性に映った。
 そんな京町セイカが、昨日らしくないことを言った。そう、たしか未来人とか、少し子供っぽい事を。
 なんの流れでそんな話になったのかは自分でもよくわからない。けれど、彼女はそう言ったのだ。
 笑い飛ばそうかとも思ったけれど、ふざけるような感じではなく、ただ淡々と真剣な顔で言うから戸惑い、出てきた言葉はへーという意味もないただの相槌だった。そうして無言の時間が少し流れた後互いに、飲み物も飲み終わったのでカフェをでて、それで、解散をした。
 そうして、家に帰って一日経ち、昨日よりは冷静になった頭で考える。あれはなんだったのだろうかと。
 私を揶揄ったのだろうか。そんなことはない気がする。
 だからと言って彼女が、その、変な人だとは思ったことはない。
 ならば残る可能性は本当に未来人であったということになるが、まぁ、それはないんじゃないだろうか。
 だって、そう、おかしいじゃないか。
 あまりにも、ファンタジーだ。
 いや、SFなんだけども。
 だんだん関係のない方に思考が飛び火するのを止めるかのように、チャイムが鳴る音が聞こえた。
 お母さんが出るかと思った。が、そうだ、家を出ているんだ。父もいまはい今はいない。
 しょうがないかとため息をつきながら階段を降り、モニターを覗く。

「うわっ」

 見慣れた紫だ。
 見慣れたくない紫だ。
 なんなんだ、暇なのか。無視しようかとも思ったが仮にも先輩だ。どうしようか迷っているとスマホがバイブを鳴らす。

[ゆかり:開けなきゃ泣くぞ]

 どんな脅しだ。
 だけど泣かれたって迷惑だ。実際泣くだろう先輩なら。
 無言で鍵を開け、扉を開ける。

「おそーい」
「……急に押しかけといて」
「はは、それもそうか」
「で、何の用ですか?」
「んー、別に。暇だから」
「……傍迷惑な先輩ですね」
「お詫びにきちんと、ほら」
「なんですかこの大量のお菓子」
「好きかと思って」
「……プリン、アイス、ティラミス、プリン、サワークリームオニオンのポテチ、ポッキーいちご味、アイス、プリン、ポッキー極細、キャラメルコーン、アルフォート期間限定ピスタチオ味、カルピス原液」
「なんか、美味しそうだなと思って」
「……先輩食べるんですか?」
「……多分?」

 絶対食べないなこいつ。お菓子箱が潤うのはありがたいが、プリンはさっさと食べないといけないし、気づいたらこっちの方が楽しいとか言いながらお菓子の袋を全部開ける気がする。
 ついついため息をついてしまう。
 そんな私のおでこをつんと、先輩は押す。

「幸せ、逃げるよ」

 いつでも、幸せそうな先輩にそう言われると、少しだけそうなんだろうかと、謎に納得をしてしまった。

「……誰のせいだか」

 それが少し癪だから、嫌味を言って玄関から家に上がる。

「鍵、上だけ閉めといてください」
「はいはい」

 そう言って先輩は上だけ鍵を閉めた。

 

 先輩が来たところで、別にやることはない。
 二つ–サワークリームオニオンのポテチと極細ポッキーを開けて、皿に盛り付けて先輩の元へも持っていく。

「おかえりー」

 そう言う先輩はソファーの上でうつ伏せになり、足をバタつかせてる。まるでマッサージ屋に来た人のようだ。

「人の家でよくそんなくつろげますね」
「凄いでしょ」
「はいはい、凄い凄い」
「酷いなぁ」

 そんなことを言いながらポッキーを一本取り食べ始めたので、私も食べる。
 相変わらず美味しい。

「ねぇ、あかり」

 ふいに、先輩が姿勢を正し、こちらをまっすぐに見る。
 その姿が、こないだのセイカさんに重なった。

「……なんですか?」

 心がざわつく。
 何を。何を言われるのだろう。
 胸がキュッと締まる。

「私」

 わたし。

「これ初めて食べたけど」

 これはじめてたべたけど。
 ……食べたけど?

「美味しいわね。これ」

 そう言って先輩は嬉しそうにもう一本食べる。

「……」

 こいつ。
 冷めた目をする私に気づいたらしい先輩がこちらを見る。

「どしたのよ、あかり」
「いえ、別に」

 めでたい人だと思いながらも、内心また変な告白をされなくてよかったなんて思ってしまう。
なんというか、そう、この人の方がいいそうなのだ。
 自分は未来人だとか、そういうことを。

「……先輩は」
「ん?」

 未来人じゃないですよね?
 そう言おうとしたが、喉が妙に乾いて、口がうまく回らない。

「……もし、未来人が目の前にいたら、どうします?」

 ようやく出てきた時には違う言葉になっていた。
 いや、違うか。
 元々、誰かに聞きたかったのだ。
 あの、真剣な顔が離れなくて、冗談だと笑い飛ばせなくて。
 不安で、人に聞きたかったのだ。
 真剣に悩む私と同様に先輩は真剣顔で聞いてくる。

「子孫が猫型ロボットとやってくるの?」

 ……。
 前言撤回。ふざけた顔で聞いてきた。

「ドラえもんじゃなくて、こう……知り合いが急に暴露したり、みたいな……」
「えー、あかりがとか?」
「んー、それでもいいですけど……」

 なんだか先輩と話していると気が抜けてくる。
 少し俯いて、真剣なように見える顔で考えているがどうせ、またふざけたことを言うんだろう。
 全然期待していないでいると、先輩は答えを出したらしくこちらを見る。

「まぁ、何も変わらないんじゃないの?」

 その言葉を飲み込むのに、少し時間がかかった。

「……えっ」
「えっ」

 何も変わらない?
 未来人だぞ?

「いや、その、何か聞いたり、えっと、距離を置いたりとか……」

 混乱しながらも質問して、しどろもどろになる私に先輩はいう。

「あかりはするの?」

 今度こそ、真剣な顔でそんなことを言う。
 考える。
 私は、そんなことをするのだろうか。
 現に今、あんな告白をされて、戸惑っているし、悩んでいるし、どうたらいいのかわかっていない。

「いや……」

 それでも、先輩の言う通り、私はそんなことをしないと思う。
 今、私は、彼女と、セイカさんと一緒にいるために、悩んでいるのだ。
 目から鱗が落ちている私に先輩は告げる。

「そんなもんよ」
「そんなもんですか……」
「うん」

 そうか。そんなもんなのか。

「で?」

 惚けてる私に先輩は声をかけてくる。

「で……?」

 何かを聞き出そうとしているようだがいまいちピンとこない。
 混乱する私に先輩はいう。

「あかりは未来人なの?」
「……違いますね」
「そう、残念」

 ……なんだか、さっきの言葉で落ちた鱗をかき集めたくなりながら考える。
 私は、京町セイカに伝えねばならないのだと。
 伝えなきゃ、ダメなんだと。
 スマホを開いて、メッセージを送る。

[akari:明日、午後からあいてますか?]

 返事はすぐにきた。

[京町セイカ:はい]
[京町セイカ:いつものカフェでいいですか?]

 返事をしてると先輩がこちらの頭を触る。

「なんかいいことあった?」
「……いえ」

 まだ、いいことがあるとは言えない。もしかしたら、うまくいかないかもしれない。悩む私に先輩はいう。

「じゃあ、後で起きるんだ?」

 なぜそんな断言できるんだ。
 むかつくけれども少し心強い。

「……先輩が言うなら、そうかもです」

 明日、いいことが起きるんだ。
 そんなことを思い、軽く笑った。

 

 約束の時間。
 いつものカフェに彼女がやってきて挨拶をした。

「こんにちは」
「えぇ、こんにちは」

 アメリカンコーヒーを彼女が頼んだ後しばらくの沈黙が続いた。
 伝えたいことがあっても、それへ切り込む事は少し躊躇われた。
 何かを言わねばならないのに、何を言えばいいのかはわからなくて、目の端にあったメニュー表を見る。
 季節限定。桜シフォンケーキ、単品400円。セット600円。
 桜。
 そういえばと思っているうちに口から言葉が出る。

「あの、セイカさん」

 急に声をかけたからだろう、返事は少し間が空いた。

「……はい」
「去年、話した事を覚えていますか? 出会って、すぐくらいにした話です」
「出会ってすぐ……もしかして春頃ですか?」

 出会ったのは、そう、ポカポカとした陽気の日だ。

「そうです。その、ちょっとあとくらいに二人で川沿いを歩いたのを覚えていますか?」
「風が気持ちいい日でしたね」

 彼女のいう通り風がよく吹いていたのだ。

「そうそう、肌寒いから近所でテイクアウトのホットコーヒーを買って、二人でゆっくり歩いていました。桜がもうまばらにしか咲いていなくて、殆どが葉っぱになっていたんです」

 私は、瞼の裏でその日のことをなるだけ鮮明に思い出す。

「私、地面に桜が散ってるし、もう桜の季節じゃないんだなって少し寂しかったんです」

 自分の中で桜というのは、必ず人混みと、満開で目が痛くなるような白さ、ポカポカとした陽気で、祝いのような気持ちになるものだった。
 だけど、そこで見た桜は人もなければ、白さはほぼ見えず、寒くて、寂しかったのだ。

「でも、セイカさんは言ったんです」

 頭の中で声が響く。あの時の声が、言葉が。

『私は緑が好きです、そして満開の桜を楽しみにしてました。それで言うとこの桜はどちらでもない、中途半端です。でも、白が際立っててこの桜はこの桜で美しいですね』

 そして、そう、もう一言。

『またこんな桜を、あかりさんとみたいです』

 その言葉が私の中の、桜を塗り替えたのだ。
 人混みと、白さと、陽気ではない。静かで、まばらな白さに鮮やかな緑、少し肌寒い桜が、私の中に根を張ったのだ。

「その言葉が叶うのを待っているんです。あの日からずっと」

 そしてウィンナーコーヒーを一口啜り、一息ついた。
 しばらくの間、沈黙が流れる。気まずくはなかった。むしろ、少し楽しげだった。伝えたいことは伝わったはずだ。
 どのくらい経っただろう。セイカさんが、肘をついて窓の外を眺める。心地のいい陽気が光差し眩しそうに目を細め、口を開く。

「その願いは春になったら叶いますよ」

 その言葉に私も目を細める。

「じゃあ、今から予定空けておきます」

 彼女がそう断定するならきっと叶うのだろう。何せ未来人なのだから。
 しばらくしたら私たちはあの川沿いで、近所のホットコーヒーを飲みながら、またまばらな白と、覆うような緑を愛おしく眺めるのだろう。
 そんな未来が、来るのだ。
 そのことを少なからず喜んだ。
2022年02月07日公開
2022年12月10日更新