いつまでも変わらない

 黒い、前下がりのストンとした、綺麗な髪。

 昔は気づかなかった、低い身長。
 少し高い声、幼い顔立ち。
 いつ見ても変わる事のない、彼女の名前は京町セイカという。

 

 忙しかった年末年始をのりこえてようやく来たオフ。静かそうというだけで来た日本庭園。
 雪こそ降ってないが寒く、体を震わせその人を見つけたとき、幻覚なんじゃないかと思った。
 どうしていいのかわからず固まって視線をキョロキョロと動かして、少しの間本物なのかと考える。
 視線を感じ取ったのか下を向いていた顔が、こちらをしっかりと捉える。

「おや、壮一君だ」

 緑の丸い瞳をした彼女がいたずらっぽく笑う。

「……お久しぶりですね、セイカさん」

 彼女は。紛れもなく京町セイカらしい。
 少し急いで立ち止まってる彼女の元へ向かう。

「あー何年振りだっけ?」
「三年振りですよ」
「あら、そりゃ君も歳を取ってるわけだ」
「あなたは、変わりませんね」
「ふふ、ありがとう」

 変わらないというのは、別に褒め言葉というわけではない。
 本当に彼女は変わらないのだ。小学生の時分からずっと、ずっと、ずっとずっとずっと。
 彼女は、何も変わらないのだ。
 いつ見たって、彼女は二十代の、うら若き女性なのだ。

「セイカさんは、何を?」
「んー、これを見てたの」

 そう言った視線の先には低木の花があった。真っ赤な、花。
 足元を見ればポトリと、首から落ちたような花がある。

「椿ですか」
「そうそう。綺麗だなーって」

 きっと笑っているのだろうが、ここから見えるのは彼女の頭だけだ。

「にしても寒いねぇ」
「少し戻ったところにカフェがありますけど」
「んー、どうしようかな」
「久しぶりに会った記念に」

 そういうと彼女は露骨に顔を顰めた。

「……そう言われると断りづらいな」
「すぐ会える日もありますけどね」
「ま、巡り合いだからね」
「ですね」

 同意はしてるが、別に納得はしていない。でも、ここに深く踏み込むことはなかった。
 踏み込んだ途端二度と会えない気がするから。

 

 カフェは和菓子や日本茶をメインとしたお店で、庭園と同様に静かで店員と私たち以外には誰もいなかった。
 少し暖かい席で練り切りと煎茶と、和紅茶を頼んで特に何をするでもなく二人して窓の外を眺めていた。

「……そういえば、壮一君ここよく来るの?」
「いえ、初めてです」
「偶然ってあるものね」

 そう言って彼女はすでに届いていたおしぼりで手を拭う。少しだけ気まずい沈黙が流れた。

「お待たせしました」

 ふと、顔を上げるとお盆にティーポットとティーカップ、急須と湯呑み、そして二つの練り切りを持った店員がいた。
 そしてもう一往復して、お湯入りのポットと砂時計を指差し飲み頃と、継ぎ足しの説明をして去っていく。

「たくさん飲めちゃうなぁ」

 顔を綻ばせる彼女を見ていると初めて会った時のことを思い出した。
 SFとか、特撮とかそういう撮影のような服を着た彼女に母のお古を渡したのが始まりだった。
 急須でお茶を注ぎながら、この緑だなんて考える。鮮やかな緑だけが記憶に残ってる。何があったかも、どういう日だったのかもよく覚えてないがそれから徐々に名前を知り、好みを知り、些細な思い出が増えていったことだけは覚えてる。
 砂時計の砂が落ち切り、彼女が紅茶を注ぎそれを合図に飲み始めた。

「落ち着きますね」
「うん」

 思い出を辿りながらセイカさんをよく見る。

「練り切り、これなんだろうね」
「若竹と…卯年だからうさぎでは?」
「なるほど」

 視線気づいて彼女は私の方を見る。その姿には既視感しかなかった。

「あなたは、本当いつまでたっても私の知る京町セイカですね」

 つい、口から出た。

「どしたの急に」
「……小学生の、大縄跳びが好きだった私が、勉強に力を入れて、大学で恋にうつつを抜かしたり、アナウンサーになる為の勉強をしたり、結果が出て、レギュラーも任せてもらえて、そのうちシワがどんどん増えていってる。それでも、あなたは何も変わらない」

 目の前の彼女は気まずそうに、紅茶を啜る。

「まるで、時の流れがあなただけ違うみたいだ」

 いつから彼女に疑問を持っただろうか。高校生、大学生、大人になった頃には逆に気にしないことにしていた気もする。
 それでも、ずっと聞きたかった、言いたかった。
 互いに身構えているのがよくわかった。

「……」
「それが、時折恐ろしくて」

 一度深く息を吸って吐く。

「……同時に、魅力的だなと思ってしまうのですよ」

 そう言って微笑むと、彼女の瞳はこぼれ落ちそうなほど開いて。

「は、はは。そりゃあ、秘密は女を美しくさせるらしいしね」

 そうして笑う姿は、秘密なんてひとつもないような、無邪気な、幼い笑顔だ。
 でも、抱えているのだ。大きな、とっても大きな秘密を。

「えぇ。あなたを見ていると本当なんだなと思いますよ」

 隠された秘密のせいでいつまで経っても彼女と離れることができない。
 それは、不愉快ではなかった。
 言いたいことを言って満足した私とは裏腹に彼女は少し不満そうで少しして意地悪な笑みを浮かべる。
 嫌な予感。
 落ち着くためにお茶を啜る。

「君の初恋奪っちゃったらしいしねぇ」

 思わず咽せた。
 ゲホとか、ゴホとかそんな咳をしながら頑張って落ち着ける。
 何度か、深呼吸をして、わざとらしく咳払い。どうにか平静になろうとするが顔が赤い自覚はある。

「その話は、やめませんか……」
「んー、いいよ?」

 いつまで経っても彼女の中で、私は子供らしく、そして敵わないみたいだ。思わず頬をかいた。

「君も、変わらないねぇ」

 不意に聞こえた言葉に困惑する。

「はい?」
「照れると、目を閉じてほっぺをかく」

 そう言われて頬にあった手を下ろす。

「……この話も、やめません?」
「はは、やめたげる」

 京町セイカは仕返しができて如何やら満足したらしい。
 ちょっと意地悪で、笑顔が無邪気で、いつみても変わらない彼女の秘密を知ることはないのだろう。
 それでも、いつまでも笑ってくれるからそれでいいのだと思う。

2023年01月01日
2023年01月08日