お前の手を取るのは、俺じゃない

水奈瀬コウ、ビールの泡は3:7で注ぐ
琴葉茜、ビールの泡はランダムで注ぐ


 琴葉茜とは仲が良かったという自負がある。中学からの知り合いで、腐れ縁で、どんな関係なのか簡単に言葉に表すことはできない。大学でできた友達のほうが頻繁に連絡を取るし、同僚とは一時期シェアハウスだってしてた。あいつもあいつで多分俺の知らないなにがしかの友情があるだろうがそれでも、仲がいい方だと思ってる。
 そんな奴から会おうなんて連絡が来た。
 前二人で会ったのは半年ほど前だろうか。確か、予約したお店がドタキャンされ俺が都合よかったとか、そんな感じだった記憶がある。
 [何か食べんの?]と聞くと[食べるは食べるけどそういうんじゃない]と返ってきた。じゃあどういうんだよと一人だけ疑問に思う。思いつくのはなんかのイベント、映画、買いたいものがおひとり様n個限定…ってタイプではないか。あとは何かあるだろうか。あとは、ただ単純に会いたい。とか。
 そこまで考えてそれだけはないかと思い直す。
 なんでもいい、当日まで待てばいいだけだ。
 もしもマルチの勧誘とかだったら軽く傷ついてさよならするだけの話にすぎない。
 地元の駅で、昼の十五時。これ以上ない中途半端な時間になんなんだよと思うと同時にふと、昼に会うのなんて学生の時が最後だったなとしょうもないことを思い出した。

 地元は相変わらずだった。
 程々に人がおり、駅中には地元のゆるキャラが無数に掲示物におり、何かの案内をしていて、駅ビルへの遊歩道とバスのロータリー。そこを離れると少しだけチェーン店がある。時間が時間だからかまぁまぁ暇そうだ。
そこから少し歩いて、何を表してるのかわからないモニュメント、そこに琴葉はいた。

「よう」
「……相変わらずのちゃらさやな」

 挨拶らしい挨拶もなく、褒めてるのか貶してるのかもよくわからない感想を言う姿はいつもの琴葉だ。しいて言うなら髪が伸びたような気がする程度の変化しかない。

「このまま飯直行か?」
「せやなぁ、予約してるしそうするか」
「ところで何食べるか俺まだ知らないんだけど」
「あぁ、鍋」

 そう言って琴葉が見せてきた来った半個室を謳っている居酒屋でどこにでもありそうな、しいて言うのであればいい感じの店だな程度の感想しか出ない店だ。

「ふーん。まぁ急に寒くなったしいいな」
「やろ、昼飲みしよ」

 そう言ってにやりと笑う姿は妙に懐かしい。俺らは昼のアーケード街へと繰り出した。

 店までの間ここも変わんないななとか、あのパン屋はつぶれたらしいだとか、同級生のあいつはいま北海道にいるとか本当にしょうもない話ばかりをした。
 少し裏の通りに行くとマンションやビルの中で少し異彩を放つ和数な店構えがありあぁあそこかとすぐに気づく。入れば前掛けをしたアルバイトらしき人が名前を聞いてきてそのまま奥の半個室へと案内された。
 どうやら琴葉は飲み放題の鍋コースで頼んでいたらしくおしぼりを持ってきた店員がそのまま紙を指で示しながら説明をする。飲み物はこのメニューにとか、120分でラストオーダーは10分前とか、雑炊は呼んでくださいとか、追加注文も可能とか。まぁよくあるような説明だ。

「ビールでえぇか」
「任せる」
「ほな瓶ビール一本で」

 そういえばすぐに冷えたビールとコースに入っているお通しの枝豆が渡され、用意されていたカセットコンロに火がつけられる。
 店員が去ってすぐ琴葉はビールを注ぐ。5:5くらいの泡の割合だがどうでもいいようで、もう一方にも同じくらいの割合で注がれた。

「ほな乾杯」
「おー乾杯」

 少し暖房のきいた店内で冷たいのど越しが心地よい。グラスを置いても琴葉は黙ったままでさぁどうしようかと考える。
 静かな店内には店員と俺らくらいしかいないのかかかってるささやかなBGMと鍋の煮える音しか聞こえない。

「結婚すんねん」

沈黙を破ったのは琴葉だった。

「……へー」

とっさに出てきたのはその言葉だった。
もっと何か色々言おうと思うのになかなか言葉は出てこない。

「それで、彼がな転勤するっていうからついてくことにした」

 そう言ってドリンクメニューを持つ手には確かに指輪がついていた。意外と気づかないもんだ。

「一応聞くけど俺とご飯食べに行くのを…その…婚約者さんは了承してるのか…」
「うん。男やとも言ってる」

 いいのかよと顔も名前も知らない、年齢さえもわからない男に思い、同時にそれを許せるくらいの関係性を構築しているのかと思った。
 なんにしたってこれ以上考えたところで無駄だ。じゃあいいと答えて忘れることにした。

「えーっと……琴葉じゃなくなるんだよな」
「んー、うん。でも別に琴葉でええで」
「そりゃ助かる」

 どこに引っ越すんだとか、結婚式はとか、次の名字はとか色々聞きたかったが、なんとなく先ほどの一言がやんわりとした拒絶に感じられた気がするので辞めた。辞める代わりに本来いうべきことを言う。

「おめでとう」
「うぃーありがと」

 そんな話をしているとさっきまで静かだった鍋が俺の番だとでも主張するようにぐつぐつと音を立てる。

「ほな食べましょか」
「おう」

 それから俺らは全く関係のない話をした。葵ちゃんがこないだ長崎に旅行に行ったとか、こないだ俺がペーパードライバーの同僚の運転に同乗したとか、昔の映画に、最近出た本に、季節限定に、近所のコンビニのトイレがどうとか、本当に何でもない話ばかりだ。
 くだらないし、落ちもないし、どうでもいい話ばかりで鍋はうまいし、他の飯もうまいし、酒もそこそこうまい。
 ほろ酔いになるにつれて中学時代に戻ったような気分になる。
 埃っぽい教室とか、チェーン店のソファー席とか、図書館の外のベンチとか、コンビニ前とか、どうでもいい場所でしたどうでもいい会話のラインナップにこの半個室居酒屋のちょっと固い椅子が追加されたような気持になる。
 ふと失礼いたしますという声とともに店員さんが入ってきた。

「お客様、そろそろラストオーダーでして」

 申し訳なさそうな店員さんにあーと二人で顔を合わせる。

「じゃあお冷で」
「ほなうちも」

 そう言えばすぐに冷たい水が来た。なんだかそれが少し寂しかった。なんだかもう会えないような気がしたからだ。

「さむっ」
「はは、ちゃんとマフラーとかつけろよ」
「あぁいうの嫌いなんよ。かゆなる」

 すっかり暗くなり、少しにぎわいだした街を歩き出す。
 二軒目なんて言葉はどちらからも出ず、示し合わせたように二人で駅に向かう。このまま解散すんのかなとか、それはもったいないなとか思うのに何をどうしたらいいのかはわからない。
 あそこでコロッケ昔買ったよなとか、昔チャリ盗まれたよなとか、花が咲かない思い出話が出るばかりで、引き延ばすのが精いっぱいだった。
 さほど遠くない駅にはすぐについて何気なく周りを見渡すと駅ビルへの遊歩道が目についた。ビルにはいわゆる百貨店も入っている。

「なあ、あそこよっていいか」
「ん」

 同意なのかはいまいちわからないものの、指さした駅ビルへと歩き出す琴葉の背中にまぁいいかと追いかけた。
 何がしたいわけでもないが入った百貨店はホッとする暖かさだった。生き返ると思っている俺と同様に琴葉もほっとため気をつく。
 さて目的なく入ったことをごまかすためにさも用事がありそうなふりをしてみるが特に何もそそられない。
 そんな俺とは対照的に琴葉はふらふら~っとまるで目的があるように歩き出すのでついていく。特に知りもしないおそらくブランド物の服屋には冬物が多数取り揃えられてる。
 その中で琴葉はマフラーを眺めてる。

「さっき痒いって言ってたの誰だよ」
「いや、あげたいなおもて」

 そういって見ているのがメンズ物のマフラーで、琴葉の趣味とは少し違うことを感じあーねなんて思う。というか無意識に口から出てた。
 続けて聞きたくないことを無意識に聞いてしまいそうで、それを遮るように視線を逸らす。

「じゃあお前はこっちでもつけるか」

 そういって近くにあったカシミヤのマフラーを渡すとおぉと声が聞こえた。

「かゆなさそう」
「じゃあやるよ」

 そういって琴葉が持っていたマフラーとカシミヤのマフラーを会計へと持っていく。さすがカシミヤ、あるいはデパートのブランドゆえか値段はかなりするが臆さず片方をプレゼントで包んでもらい片方はタグを切ってもらいそのまま琴葉へと渡す。

「風邪ひくなよ」
「……ありがと」

 まるで意味の分からない行動をしている自覚はあった。それでもこれをしなければ気が済まなかった。

「……じゃあ、まぁデパ地下にでも行きますか」
「おう」

 その後俺はまるでこれが本命でしたとばかりによくわからん地元の酒を買い、琴葉にちょっとしたお菓子をお祝いとして渡しそのまま二人で駅へと戻り、改札を抜ける。

「ほな、ありがとう。これもおいしく食べるわ」
「……本当におめでとう」
「うん」

 そういって俺の帰る方とは反対のホームへと向かう琴葉を眺めながら自分のほうへのホームへと向かう。
 上がってみれば向かいのホームで今更酔いが回ったのか黄色い線の外側を少しふらふらと歩く姿は落ちそうでハラハラさせる。
 俺に気づくと手を振ってきて、内側に入り安心しているとスマホのバイブがなった。通知には、目の前のやつからの連絡。

[あえてよかった]

 そうして少しして、追加で一言。

[さよなら]

 そのメッセージをみてふと顔を上げて向こうのホームを見ると電車が来ていた。
 それを見て、食事中に感じていたなんとなくこいつとはもう会えないんだろうなとそんなことが確信に変わる。
 別に、あいつが死ぬとか、俺が死ぬとかそんなんじゃなくて、ただ本当にあいつと会うことはもうないんだろうなって、そんな予感がする。
 もしも会えてもきっと何十年と先の話で、あるいは偶然の二択とか、そんな。

[またな。]

 それがなんか癪に触るのでそんなメッセージを一つ残す。既読だけがついて、それっきり。俺は反対の方へ走る電車へ乗って、ただなんとなく、未練がましくスマホを見続けた。
 きっとあのマフラーはつけられることなく箪笥の肥やしになるだろう。ずっと捨てられず、ずっと身に着けられず。それでもいつか見つけた時に俺を思い出せばいい。今日の会話を思い出せばいい。過去の今までのやり取りをなつかしめばいい。
 男女の友情ってのは成立しないとよく聞く。それを否定するつもりはない。が、少なくとも生まれた国が違っても友達になれるし、宇宙人とコンタクトを取ろうともしてるんだ。十年来の知り合いと友情が成立したって変じゃないだろう。なぁ。
 そんなことを思ってるうちに扉は閉まって走り出す。見慣れた、何もない街が右から左へと流れていった。

2025年10月30日公開