焼きリンゴ

京町セイカ-食べることが苦手。
東北イタコ-食べることが好き。

 確か、彼女がりんごをくれたのだ。ついついスーパーで買ったとかなんとか。適当に剥いて食べてくださいなとか、そんなことを言ってた気がする。四個のりんごはずっしりと、確かな存在感を持って我が家の野菜室にいた。
 一つは輪切りにした。皮ごと食べれるとか。甘かった。ただ、多いなぁと思った。数日かけて消費した気がする。
 二つは遊びに来たあかりちゃんがわざわざ切って、おやつに出してくれた。確か彼女だけで食べきったので、決まりの悪そうな顔をしていた。
 最後の一個を前に私は悩む。
 しばらくりんごはいいなぁと思ったからだろう。野菜室を開けるたびに見かけるそれを私は放置し続けた。剥くのが手間、切るのが手間、だからと言ってわざわざ道具を使いたくない。
 そんなこんなで我が家にいまだりんごは確かな存在感で野菜室の古株になってた。
 そんな古株は、永遠にそのままというわけにはいかない。
 たまたま触れた時、少し柔らかかった。
 いかん。
 食べねば。
 だがしかし、生で食べていいのか不安になる。一瞬スキャナーにかけてみようか考えたものの、現代の基準と未来の基準が違いすぎるため現代の食材はほとんどが食べられませんと出るのだから役に立たない。
 そうなると火を通すべきだが、剥くのも、切るのも面倒な私が焼く? 冗談きついなぁ。
 そんなふうに横着していくうちにもりんごのタイムリミットはやってくる。
 あぁ、どうしたら。
 そんなふうにリンゴと格闘しているとピンポーンと間抜けな音が聞こえた。
 なんとなく、カメラを見る前に思った。おそらく、東北イタコだろう。と。

「セイカさん。お久しぶりですわ」

 予想通り、彼女だった。ふんわりと笑い、少し目立ちそうな着物に、長く、混じりっ気のない白髪(はくはつ)は浮世離れした雰囲気を加速させる。
それでも彼女は人だ。お節介で、ほんのりわがままな子だ。

「ほんと久しぶりだね。玄関でってのもなんだし上がってよ」
「ありがとうございますわ」

 そう言って彼女は下駄を揃えた上がり、なれたもので来客用の座布団に座る。

「で? どうしたの?」

 粗茶すら出さないままに話をする。

「はい、その、少しお顔がみたくなりまして」
「あら嬉しい。口説き文句?」
「というより、生存確認が主ですわ」

 そういう彼女はふにゃりと笑った。安堵、しているのだろう。

「ん、生きてるよ。元気」

 人の心配をしてばかりだと、そのうち苦労するよ。だから帰りなよ。
 そう言いたい。が、言っても帰らないだろう。
 変なところで強情だから。

「ならよかったですわ。ところでご飯などは大丈夫ですの? 前よりも痩せてませんか?」
「えー、どうだろ。体重計家にないからな」

 あえてご飯には触れずに誤魔化す。

「あら、まぁ、あえて買いませんわよね」

 そう言ってくすくすと口元に手を持っていって笑う。楽しそうだ。

「うん。生活必需品でもないしね」
「でもあると便利ですわよ?」
「ダイエットに?」
「いえ、健康管理にも便利ですわ」
「そうなの? まぁそうか」

 健康診断でも必ず測られる項目だね。
 そんなことを言うとまた彼女はくすくすと笑う。

「満足した?」
「いえ、満足できませんわ。何か作り置きしましょうか? 冷蔵庫にある分だけでも」

 話が戻ってきて内心ため息をつく。しっかりしてる。
 誤魔化そうとも思ったが感が鋭い彼女のことだ、真偽を確かめようとするに違いない。ここは素直になろう。

「そもそも何もない気がするけどな、冷蔵庫」
「そうですの?」
「うん。冷凍庫にネギとかはあるかもだけど」

 少しの間彼女は考えてすぐに答えを出した。

「あぁ、ジップ付きの」
「そうそう。薬味の」

 確か、冷奴とかにかけたんだっけ。そっちの方が、現代に生きているという”らしさ”を演出するのだと教わった気がする。
 私には冷奴というものは、冷たいということしかわからず、ネギというのも臭いと感じてしまったことを思い起こす。
 過去に思いを馳せる私とは裏腹に彼女は少し訝しげな顔をしている。あぁ、やらかしたか。

「……それだけですの?」
「それだけですよ」
「……これでは、帰れませんわね」

 あぁ、使命感を発揮させてしまった。作り置きを作ることは彼女の中で決定事項になっただろう。
 食べる、ということを考えると嫌になる。
 私は、食べるということが好きではないし、好きになれない。
 どうにも、よくわからないのだ。

「あはは、帰ってもいいのに」
「ちゅわ、知り合いと次会う時は葬式で〜なんてことになるのはごめんですわ」
「そっか」
「はい。一応冷蔵庫、確認してもいいですか? 何かが腐ってたりしたらはやめにしょりしたいですし」
「うん。いいよ」
「セイカさんはほんと、食にだけ無頓着ですわよね。アタクシには、ちょっと考えられませんわ」

 そう言って冷蔵庫をガサゴソと確認し出す東北イタコを眺めながら考える。
 別に、考えられないというのは悪口というわけではなくただ、ただ本当に考えられないのだということを私は理解している。
 彼女にとって食事というものは本当にとても大切なもので、家にはわざわざ取り寄せた食材や、こだわりの器、食事のレパートリーを増やすことは家族全員が趣味として持っている。全員が全員、そこにある食材だけで美味しいものを作れるし、美味しいものを食べるために惜しむことはない。万が一の非常用のカバンに詰まっているレトルト食品や缶詰も、彼女たちはこだわりにこだわっているのだ。
 かたや私はどうだろう。現代に生きる人としての嗜みとして一応食事をしているだけで、本当に面倒な時は未来の完全栄養素ですましている。というか、大半はそっちで済ましている。噛むのもだるく、飲み込むのもだるく、お腹が膨れるというのも、正直不快だ。もらったリンゴすら私は余らせて放置するんだ。

「あっ」
「ん? どうかしました?」

 その言葉に反応して彼女は冷蔵庫の一番上の扉の部分を閉じる。

「いや、その、今思い出した。もらったリンゴまだ残ってるの。一個」

 そういと彼女は少し考えてあぁ、と思い出すように声を出した。

「前、渡しましたわね。お口に合いませんでした?」
「いや、その……」

 誤魔化す言葉が思いついたが、先ほどの考え鋭いとか、関係なしにそれはどうなんだろうと思って素直に答える。

「……剥くのも、切るのも手間で」

 そう言うと彼女はえぇっ!?と驚く声を出した。

「そんなに手間でした?」
「うん……」
「そう、でしたか……」

 彼女はそんな人がいるなんてと言った顔をしているが、そんな人はいるのだ。

「ごめんね?」
「いえ、元々一方的に持ってきたのはアタクシですし、前の時に向いて切っちゃっておけばよかったですわ」

 申し訳なさそうな顔をしているが、そもそも私は一人暮らしである。

「うーん、でも切ってもらったとしても四個分のリンゴは量的にすぐには食べれないよ」
「あ! それもそうですわね。……アタクシ、ほんとまいあがってましたわ……恥ずかしい」

 そう言って髪を顔の前まで寄せて真っ赤になっている姿は、こちらが気の毒になる程だった。

「気にしないでよ、イタコちゃん」
「ちゅわぁ……えっと、なら残りの一個は二人で食べませんか? アタクシが調理しますし」

 そう言われて結構ですとも言えないが、食べますとも言いづらい。だがしかし、たとえ未来であろうが私は日本人。

「え、あ、うん」

 断れないのである。

「ふふ、確かフライパンってありましたわよね?」
「あー、一応一通りあるよ」
「料理しないのに調理器具もキッチンも立派ですわよね」
「親が、一人暮らしでこる料理したくなるって言ってたから」

 事前に局が現代に来ると私たち未来人は食に目覚めるか、目覚めないかの二択なので目覚めた時にキッチンが狭いと悲しくなるのだと言っていた。なので、キッチンがしっかりとした、広めのところにしたのだが結局私は料理に目覚めなかった側である。

「あら、そうだったんですか? したくなりました?」
「知っての通り」
「ふふ、これを機に目覚めるかもしれませんわよ?」

 その言葉に、私は曖昧に笑った。
 彼女は野菜室を開けるとリンゴを取り出して、一応ある調味料ラックをみた。食に目覚めてないだけなのかもと思って集めたため、基本的な砂糖とか塩とかそういう調味料は一応ある。
 砂糖を見つけて、嬉しそうに笑った。

「使っても?」
「どーぞどーぞ」

 そういうと、手際良く包丁を使いリンゴを何当分かにしてきりわけると鼻歌を歌いながらいつ買ったのかよくわからないマーガリン(食べ物が、少し重たくなる)を乗せて、フライパンを少し温める。

「それなんて歌?」
「なんだったかしら、CMからよく聞こえるんですの」

 気になって聞いたものの彼女もよく知らないようだ。
 マーガリンが溶けたようでリンゴを放射状に並べていく。1、2、3…12個。そうしてしばらく何もせずに待つと焼き目がついたかを何度か確認する。焼き目がついたら砂糖を入れて裏っ返す。そして追い砂糖。するとどこからか蓋を持ってきてフライパンに乗っけた。

「もうしばらくしたらできますわ」
「へー」

 人のを見るだけなら随分簡単そうに見えるものだ。
 いや、彼女が簡単そうにするから簡単に見えるだけだろう。私がやるとどれだけ時間がかかるのだろうか。
 しばらくして、蓋を開けると甘い匂いが部屋全体に広がった。リンゴの香水があるならこんな香りだろうと思わせる、甘くみずみずしいのに、砂糖のおかげか随分と甘そうに思える香りだった。
思わず匂いを嗅いだからだろう。彼女はふふっと随分微笑ましそうに笑った。

「アタクシも、この匂い好きなんですわ」

 なんとなく、彼女が自宅でこの匂いを嗅いでる姿は容易に想像ができた。
 皿を持ってきて彼女はリンゴを一個一個載せていく。トロトロと透けたリンゴは崩れそうだった。

「あら、思ったよりも水分が蒸発してしまいましたわね……本当ならカラメルも作ろうと思ったんですけれども」
「なくてもいいけど」
「いえ、あれがないと甘すぎますのよ」

 そう言って追加の水を出して煮詰めてカラメルを作り始める。丁寧なものだ。
 そうして感心してるとカラメルは出来上がり、リンゴの上にかける。
 綺麗だなぁと思った。まるで芸術品のようだ。

「完成ですわ」

 その言葉に思わず拍手をした。そうするとちゅわと恥ずかしそうに笑う。

「じゃあ、食べよっか」
「ですわね」

 二人でそれぞれがそれぞれ皿とフォークを持って先程まで座って話してた座布団の元へ歩き出す。

「じゃあ、いただきます」

 そういうと少し不安そうな彼女の顔が目に入った。
 リンゴを口に運ぶ。
 甘かった。
 甘くて、甘すぎて、リンゴのジャムのようだった。カラメルがあってよかったと心の底から思った。
 甘くて、苦くて、ちょうどよかった。

「いい、と思う」

 そう告げると彼女はほっとしたように笑う。

「アタクシもいただきますわ」

 そう言って彼女も食べ始める。
 少しして、なんだか物足りなさを感じる。

「なんか、飲み物欲しいね」
「コーヒーとか、紅茶が合いそうですわよね」
「あー」

 言われてその二つの味を思い出すとなるほど良さそうだ。コーヒーは苦いとしか思えなかった。紅茶もコーヒーよりはマシだがやはり苦いと思った。だが、これとあいそうだなぁと思った。
 なるほど。そうか、あれはそういうふうにして楽しむのか。たしかにカフェでもコーヒーとケーキのセットというものがある。

「……今日コーヒーか紅茶買います?」
「え……うーん……でも、これを私が作れるとは思わないからな」

 そういうと彼女は嬉しそうに笑う。なんだ。

「レシピ、教えましょうか?」
「……じゃあせっかくなので」

 そういうとますます彼女は嬉しそうに笑った。

「なに?」
「いえ、目覚めてくれたようで嬉しいですわ」

 そう言われて少し考えるとそう言えばそんな会話をした。

「これって目覚めたに入るの?」
「入ると思いますわよ? だってセイカさんいっつも食べる時、昔はよくわからないしか言わなかったですけど、しばらく頑張って甘いとか、苦いとか、味の大部分がわかり始めたあたりでしょ? 味覚が発達し始めたんですよ、きっと」
「なるほど」

 たしかに。さっき甘すぎるということを理解できた。初めての経験だ。
 甘すぎても苦さがあるとちょうどいいということを初めて知った。
 最初、味というものの情報量の多さに混乱して苦手だったが食に目覚めた未来人はきっとそれでもしっかり食べ続け美味しいを理解したのだろう。だが、私は頑張っても甘い、苦い、脂っこいなどなどそれしか伝わってこなくて疲れるので、目覚める前にやめた。なるほど、しっくりくる。

「そっか……これ美味しいなのか」
「ちゅわ、きっとそうですわ」

 なるほど、確かにこれが美味しいなのかもしれない。
 甘すぎるとか、そういうことがわかり始めたのは良く考えると初めてのことな気がする。

「美味しいね」

 そういうと、東北イタコはますます嬉しそうにしてる。

「作り置き、していきましょうか? 好みがわかると思いますわ?」

 そういわれて、少し考え、応えた。

「お願いします」

 未来には報告しておこう。焼きリンゴのレシピと食に目覚めましたと。

2021年10月04日公開
2022年11月27日更新