琴葉葵-悪戯好き
琴葉茜-冗談好き
「ただいまー」
そう声をかけて靴を脱ぎ、リビングへと早足で向かう。
手を洗ってうがい。そしてマスクを外して捨てる。そこで一息ついてコートを部屋にかけに行こうとした時に気づいた。
よくみると茜ちゃんがコートも脱がずにソファーに座っていた。何か考え込んでいるようで腕を組んでうんうん唸っている。
どうやら私が帰ったことにも気づいていないようだ。
洗い立ての冷たい手を首元に持っていこうかと思ったがあまりにも真剣に悩んでいるようで止めることにして、普通に話しかける。
「どうしたの茜ちゃん難しい顔して」
「うわっ、葵ちゃんいつ帰ったん」
「いまさっき。なにしてんの?」
そういうと重い口を開く。
「いやな……今日乗ったバスにこんなことが書かれててん」
そう言って茜ちゃんはスマホを取り出し、一枚の写真を見せてくる。
そこにはこう書かれていた。
換気のため窓は開放いています。
一瞬意味が分からずしばらく考えて気づく。
「……あぁ、誤字してるね」
なんだ、そんなことか。そう思った私と裏腹に茜ちゃんはより一層難しい顔をする。
「せやねん……でもな、これはどっちなんやろなぁって」
「どっち?」
どっちもなにも誤字でしかないだろう。そう思ってる私に茜ちゃんは何の気なしにいう。
「開いています、の誤字なのか、開放しています、の誤字なのか……」
開いています。つまり放が予測変換なりで増えてしまった可能性。
解放しています。つまりsを打ち忘れていになったとか、そういう理由で誤字をしてしまった可能性。
そういうことを言いたいのだろうかなら一択だろう。
「……後者じゃないの? 開放していますが開放いていますになるのはわかるけど開いていますが開放いていますになるのは結構変な状況だし」
「まぁ、普通に考えたらそうやんなぁ……」
納得してる風なことを言ってるが声は納得していないことがよくわかる。だけどそんな真剣に悩むことではないような気がする。というかそんなの気にしたって仕方ないだろう。
アホらしい。さっさとコートをかけにいこう。
そう思って歩き出した時に不意に声が響いた。
「あっ!」
「うわっ、大きな声だしてどしたの?」
「わかった!」
「何が?」
「誤字の真相が!」
そう言って茜ちゃんはわざとらしく咳をする。
「これ、ルビのつけ忘れなんちゃう!?」
「ルビって、あの上にふりがなふるやつ?」
難しい漢字とか、初めて出てくる登場人物とか、特殊な読みをする時につける、あれ?
混乱する私を他所に茜ちゃんは声高々と宣言する。
「そう、つまりこれは開放いていますと書いて、[あいています]って読むんや!」
そう言ってビシって私に指を刺す。
そしてその指を跳ね除けていう。
「……それだけはないと思う」
「えぇ?」
2021年12月12日公開
2022年12月08日更新