正直者には祝福を

水奈瀬コウ-正直者で、正論を突きつける。
東北きりたん-嘘つきだけど、嘘をつくのが苦手。

 正直というのは、美徳にはならない。
 私は、そのことをよくよく理解している。
 求められるのは望まれた言葉であって、正直な告白ではない。

「で? きりたん。遅刻の原因は?」
「道でお婆さんが倒れてまして介抱してました」
「へー、8時から12時まで4時間も?」

 それなのにこの人は正直を求めてくる。
 通算何度目の遅刻だろう。自分でもわからない。そしてこの嘘は何度目だろう。担任の水奈瀬先生は慣れた感じで聞いてくる。
 流石に道でお婆さんが倒れていたのを今月だけで三回は使いすぎただろうか。

「……ちょっと、通報したら意識不明だったらしく同行を求められまして」
「家族でもなんでもないのに?」
「……えーっと、家族に連絡をする係を受け持ちまして」

 そういうと机に向かっていた水奈瀬先生はこちらに振り向く。あぁ、その睨むような目つきで見られると心がすくむ。

「それは関係ない一般人への個人情報の漏洩として救急隊員か、病院を処罰すべきじゃないのかな。クレームを入れるからどこの病院で何時に通報したのか教えてもらっていい?」

 淡々と、このままこの嘘をつくとどうなるかわかっているなと告げてくるような声。あぁ、嫌だ。

「……すみません、ただの寝坊です」
「はいはい。最初からそう言っときなさい。寝坊の原因は?」

 ゲームをやっていたからだ。でも、そんなこと言えるわけがない。
 あぁ、なんて言って誤魔化そう。
 思いつかなくて、間が空いて、きりたん? と聞いてくる声に精一杯絞り出す。

「……宿題が、終わらなくて」

 嘘じゃないけど、原因そのものでもないことを言う。

「ふーん、何が終わらなかったの?」
「え、あぁっと、音読ですね」

 嘘だ。ほんとは全部終わってない。というか手をつけてすらいない。でも音読以外なら終わらせようと思えば終わらせることができる。

「音読ね。お姉さんの帰りが遅かったのかな」
「いや、そんなことはないです」

 つい反射的に答えてしまう。答えてからしまったと思った。
 先生は案の定聞いてくる。

「じゃあなんてできなかったの」
「……疲れて早めに寝てしまったので」
「……それで夜中に目が覚めて急いで宿題をやったと?」
「はい!」

 よし決まった。そう思ったのだが先生はこちらを見て微笑む。この微笑みは良くない微笑みだ。と言うかこの人が説教以外で微笑むところなんて見たことない。
 嫌な予感がする。

「でも音読って人に聞かせるものだから夜中にやらずに宿題全部を朝早くに起きてやれば良かったんじゃないかな? 保護者さんと三者面談何度かしてるけど下のお姉さんは結構朝早くから起きて余裕を持って登校してるらしいね、なら少し遅れるけど頼めばよかったんじゃないかな。遅刻するほどじゃないはずだよね」

 嫌な予感は当たり、なんと返していいのかわからず、正直に、でも怒られたくなくて小さな嘘をつく。

「……すみません。音読もやってないですけど、もう一つやってないのがあって算数ドリルです。それを夜中やって二度寝して遅刻しました」

 本当は漢字ドリルも、読書感想文も終わっていません。
 そんな私の考えを知ってか知らずか先生はまた微笑む。

「じゃあ今日中にできる?」
「え、あー、頑張ります」

 無理です、とは言えない。

「じゃあ明日出してね」
「……はい」

 まぁ、まぁ、ちょっとやれば終わるだろうしゲームもいつも通りしていいか。
 その結果終わらなくても、大丈夫なはずだ。そう考えると心が軽くなってくる。よしよしよし、これできっと説教も終わりだ。
 大丈夫、大丈夫。
 どうせ次には先生はいつも通り説教モードを終わらせているはずだ。

「よし、教室戻ろっか」
「わかりました」

 予想通りの返事に思わず声が弾む。さっさと給食食べてちょっと授業受けたら帰ろう。
 そう楽観的に考えてた私に、椅子から立ち上がった先生は爆弾を落とした。

「ちなみに明日提出できないと明日から居残りで宿題終わらせてもらうから」
「えっ?」
「お姉さんとはもう相談済みです」
「あっちょ」
「で? 明日までに終わる?」
「……」

 明日から居残り? 居残り!? そう驚く頭と、冷静に昨日の宿題について思い出す。できなくはない。が、多分先生のことだ今日の分もやった上での話だろう。
 今日の宿題量がわからないけど昨日と同じくらいだったら確実に無理だ。
 だけどここでよゆーですなんて言うことも無理だ。

「きりたん?」

 ふいに上からかかった声にそのまま反射で答えてしまう。

「む、難しいかもです」

 言ってから固まった。どうしよう、なんとか誤魔化さないと。そんなふうに焦る私とは裏腹に先生は穏やかに聞いてくる。

「それはどうして?」

 どうして?
 それは、だって。
 誤魔化さないと。そう思うのに、喉がカラカラで、痛くて、声が出なくなる。

「……さぼ、っちゃう、ので」

 絞り出したのはそんな言葉だった。

「じゃあきりたんも学校に残ってやるのがさぼらないに繋がるってもうわかってるんじゃないかな」
「…………はい」

 正論に、ただ返事しかできない。

「でも残るのは嫌」
「……はい」

 わがままだ。そんなの自分でもわかっている。
 泣きそうになる私に先生はなんでもない声で告げる。

「正直でいいね。まぁそれなら僕としては今日から明日にかけて宿題頑張ってって言うしかないかな。放課後までは待つから」

 温情な気もするし、逆に酷な気もする。

「ありがとう……ございます……」

 ただただ辛いけど、どうして辛いのかわかってるのにわからない。ただ、教室に戻ろうとする先生について行くので精一杯だった。

「……最初っから正直で居たらいいのに」

 私がそんな状態なのを知ってかしらずか先生は、いつもより低い声でそう告げる。なんというか、諦めみたいな感じがあった。
 それが嫌で、腹が立って、つい言い訳が口から出た。

「……正直は怒られますよ」
「嘘を言う方が怒られると思うけどね。あるいは嘘を言う方が痛い目を見る」

 ますます腹が立った。

「……でも、正直に、夜中までゲームしてて寝坊しましたしゲームに夢中で宿題やってませんなんて言っても何も変わらないでしょ」

 そう言って嘘を言うことを正当化するのは随分と楽だった。
 先生に責任を押し付けるのだから、そりゃ楽だ。
 自分でも良くないとわかってるけど、そうしないと辛かった。

「変わるよ、こっちで対策を考える」

 だから、そんな返事に少し驚く。

「……対策ってどんな」
「んー、そもそも寝坊して学校に来ないことと、宿題をやってないことが問題だから宿題に関してはさっきも提案したけど居残りで終わらせるのは一つの手だと思うけどな」
「……でもゲームする時間が減ります」
「元々やるべき時間を強制的に取らせるだけだから減ってはいないよ、元々その時間はゲームをやらない時間だったのをする時間にきりたんが変えてただけだよね」
「……」

 何もいえない。だってそれは正論だから。

「宿題がなんらかの事情で難しいとかなら僕も保護者と生徒と相談して代替え案を出したり、多少減らしたりはするけど、きりたんの場合ただ遊びたいからだよね。昔はしっかり宿題出してたらしいし」

 なんだか、教室までの廊下が嫌に長い気がした。

「あと、寝坊に関しては正直そこまで重要視してないんだよね。もちろん問題だとは思ってるけどまぁ無理して治さなくてもいいかなと思ってる節はあるな。中学までは昼の時間に合わせないといけないけど高校からは自分で夜間とか通信とか、そもそも行かないとか選べるしね。世間一般的には昼の時間帯で生活することを推奨してるけど……まぁ言っちゃなんだけど僕も正直学生の頃は寝坊しまくりだったし」
「……なら、怒らないでくださいよ」

 ついでたのはそんな言葉だ。
 精一杯の抵抗だ。

「そうしたいんだけどね……そもそもきりたんは学校に遅刻してなんで怒られると思う」

 なんで怒られる?

「……遅刻したから?」

 それ以外ない気がした。
 遅刻するのはダメなことだと、その認識しかなかった。だって、そうじゃん。
 でも、先生は否定する。

「それも間違ってないけど、僕としては連絡がないからってのと、その間の無事がこちらではわからないからです」
「どういうことですか?」

 未だ意味がわからずにいる私に、先生は向き直る。

「事故に遭ってるかもしれない、誘拐されてるかもしれない、家で何かあったのかもしれない。そう言う心配をこちらは常にしてると言うこと。家に来てる電話を無視せずとって寝坊してましたと素直に言えばこちらはあぁよかった、ゆっくりでもいいからきてねと言えるわけ。ま、きたくないならきたくないでもいいと思うけどね、ぼく個人としては」

 先生は続ける。

「でもきりたんは言わないでしょ。嘘をつく。だからこっちら突っ込まざるを得ないんだよ。絶対に正直になれとは言わないよ。人間関係においては必要な嘘やごまかしもあるかもしれない。でも、学校や会社、あとは警察とかにもさ、正直な報告できた方がいいよ、君のせいでいらぬ心配や、いらない勘ぐりをしないといけない人が増えるからね」

 そう言い切って少し笑う彼にいやな気分になった。

「……脅しみたいです」

 そうまるで脅しのようなのだ。
 君がそうしないから僕は心配してるんだと、チクチクと攻撃されているようだった。

「脅し一つで君が変わるなら安いもんだけどね、まぁ不快にさせたなら謝るよ」
「不快です、ごめんなさいと言ってください」
「君は嘘をつかれた側が不快だとして謝るのかな、まぁいいや、ごめんなさい」

 嫌味な言い方だと思った。
 腹が立つ。でもそれは図星だからだ。

「……ごめんなさい」

 絞り出すように、小声で言う。せめてもの抵抗である。

「いいよ、こっちも大人気なかったしね。でも正直は美徳だよ」

 そういいながら先生は笑う。

「……先生を見てると正直は美徳には思えませんね」
「はは、正直でよろしい」

2021年12月25日公開
2022年12月08日更新