三角じゃないよ、多分

アリアル、ミリアル、アベルーニの話


 アベルーニは冬に手を洗うことが好きだった。冷たくて、少し痛い感じが気持ちを引き締めるからだ。
 少し遅い昼食を用意するために水を鍋にためて適当に塩を入れる。
 双子のアリアルとミリアル、そしてアベルーニで住むこの一室は3LDKで家賃がそこそこでそれなりにごちゃごちゃとしている。例えば塩だけで岩塩、粗塩、藻塩にトリュフ塩。あとは葬式で貰った塩。最後の一つはいい加減捨てたいと思いながらパスタをアベルーニは取り出す。
 だいたい300g、茹で時間は7分。普通くらいの太さ。
 あとは何を用意したらよかっただろうか。そんなことを考えながらそこそこ大きな冷蔵庫を上から順に開けていく。
 ケチャップ、バター、ウスターソースはないのでとんかつソース、ソーセージ、玉ねぎ……ピーマンはない。
 彩のことを少し考えるがなくてもいいような気がする。
 適当に切って、玉ねぎをフライパンに入れるとお湯が沸いた。
 用意していた300gのパスタを入れるが綺麗に広がらず箸で少し格闘しながら喋りかける。

「7分のアラームをかけて」

 ミリアルが意気揚々と購入したスマートスピーカーは意外と便利でアベルーニは気に入っていた。
 全部入ったことを確認してフライパンに火をつけた。
 アベルーニにとっては慣れた作業で手を動かしながら考える暇があった。
 寒くて、日の光が入らないキッチンでは余計なことを考えてしまう。
 例えばアベルーニが時々自分一人だけしか存在しない気がすることがあるとか。

 

 一緒に住むアリアルとミリアルは双子というの確かだ。そうするとアベルーニは二人と兄弟、なのだろう。別に二人からそう言われたことはない。
 戸籍がどうなっているのかアベルーニは知らない。そもそも、そういう範疇の存在なのかもわかっていない。
 ただ、お腹も空くし、眠くなったら寝るし、出すものはあるし、おおよそ人間として当たり前に生きているつもりだった。
 しかし、近所の桜が何度か咲いた中でシワが増えただとか、背が伸びただとか変化を自覚したことはない。もっというと自分が何歳で、子供の頃というのがなんなのかというのもわかっていない。
 それでもアベルーニは良かった。
 だってご飯は美味しいし、寝れば気持ちがいい、人と関わるのは楽しいこともある。
 だけど唯一の不安が先のそれである。
 自分が何者かわからない。一緒にいる二人が何者かわからない。同じ存在なのかもわからない。
 アリアルとミリアルは互いをよく知っていて、互いを大切に思っていることを知っていた。だけど、自分がアリアルとミリアルにとってはその限りじゃないことも知っていた。
 そう考えると、アベルーニはなんだか自分が一人だけのような気がするのだ。
 そんなことを考えているとミリアルの買ったスマートスピーカーは元気にアラームを鳴らし、同じタイミングで部屋の扉が開く。

「ただいまー」
「ただいま」
「おかえり」

 フライパンにはいつのまにか玉ねぎ以外に切られたソーセージが入ってる。
 いつのまにと思いながらも特に考えずにパスタを鍋からフライパンへと移していく。

「今日はなに?」

 横から覗き込む白い髪に特に驚くこともなくアベルーニは答える。

「ナポリタン。アリアルは」
「手洗いうがい中」
「ミリアルは洗ったの」
「もちろん」

 そう言いながらミリアルは三枚ずつ揃った食器を取り出した。

「置いとくね」
「ん」
「今日のご飯は何ー?」

 さっきまで寒かったキッチンがやや暖かくなってきたと思いながら二人のやりとりを背で聞く。

「ナポリタンだって」
「ほんとう? 丁度食べたかったんだよね」
「ね」

 適当な量のケチャップとトンカツソース。あと砂糖を適当に入れてスプーンにとって二人に渡す。

「食べて」
「味見必要?」
「美味しい」
「え、アルアル早い」
「ミリアルが遅いんだよ」

 そう言って楽しそうにしてる二人を横目にナポリタンは完成する。
 三枚の皿に大体均等に並べていく。

「いい匂い」
「お腹すいたー」

 そう言って二人は楽しげに皿を運ぶ。机には左右対称に座るからなんだかなぁとアベルーニはため息をついた。

「辛気臭い顔しないでよ」
「こら、どうかしたの」

 不思議そうにしてるアリアルと、ため息をついたミリアルに少し迷いながらアベルーニは告げる。

「いや、二人にはなれないんだなって」
「そりゃそうでしょ」
「なんですか? 寂しいんだったら胸くらいは貸しますよ」
「やめろよ…」

 流石にそれは気持ち悪いとアベルーニは不愉快になる。
 それを見てアリアルとミリアルは持っていたフォークを置いて同じように少しだけナポリタンの皿を横にずらした。
 なんでもなさそうに二人は話し始めた。

「私たちって結局アリアルとミリアル、とアベルーニだと思うの」
「まぁ、否定はしないけど」

 この二人もそう思っていたのかとアベルーニは軽くため息をつくが、まだ話は終わってないと話し始める。

「でも私たちの間にはアベルーニがいると思うんだよね」

 流れるように二人は手を繋いだ。

「だって、私たちは近すぎて嫌な時あるし」
「あるね」

 そして同じようにまるで示し合わせたかのようにうげーと嫌そうな顔をするからアベルーニは少し眉をしかめた。
 それを見てアリアルは困ったように笑う。

「なんていうかアベルーニって私もミリアルもどっちもおんなじくらいの場所に置いてくれるからねー。精神的に距離を置きやすい」
「ふーん…」
「緩衝材というか、なんだろうね」
「まぁ、どっちにしろ大切な家族だね」

「うん」
 なんてことなさそうに二人が言ってのけるから。

「……へー」

 アベルーニはなんだか照れ臭くなった。
 それを見てアリアルもミリアルも楽しげに笑い皿を前に戻した。

「じゃ、いただきまーす」
「いただきます!」

 そう言って目の前の二人は手を合わせる。

「…いただきます」

 その言葉を皮切りに三人は手をつけ始めた。

2023年03月08日公開