隣にいる理由

そこに、確かにいた(別名2021年まとめ)に収録

 男女が二人一緒にいることに理由が必要であると知ったのは確か中学三年生くらいだっただろうか。
 水奈瀬と琴葉っていつも一緒だよね。付き合ってるの? なんてことを何度も言われて、言われて、言われ続けて、否定をすると否定されて、そうしていつの間にか私と水奈瀬コウは付き合っていた。
 受験で忙しかったから恋人らしいことなんてものは一切なく、それでも帰り道で付き合ってるからと言い訳をして手を繋いだりした。繋いだからと言って何があるわけでもない。それでもなんとなく黙って二人で手を繋いで、家まで送ってもらって。
 でも、それが、ただむず痒かった。手を振り切って、二人でただ他愛もない話をしながら分かれ道でまたなと別れたかった。
 だけどそれができずに私はただ家まで送ってもらってた。心のどこかでこういうのを望んでいたのかもしれない。あるいは別れたらもう二度と友達には戻れないのだと思っていたのかもしれない。私にももうわからないのだ。
 そんな関係が続いて、本格的に受験シーズン。夏休みにやることは夏期講習くらいしかなく、二人で行くところも図書館程度しかなかった。
 そんな話を聞いて周りの人は勝手を言った。曰く色気がないとか、まだ手を繋いだだけなのとか。
 それに、もっと不愉快な言葉があった。

「えっ、てかまだやってないの? おっそ」

 やってない。ヤってない。ヤッテナイ。
 最初何を指してるのかわからなかった言葉が理解できた時に死にそうになった。
 ただただ全てが憎くなった。
 泣きそうになったがここで泣いたらダメだと思った。また勝手を言われる。逃げたくなったがここで逃げちゃダメだと思った。また勝手を言われる。それでも泣きたかったし逃げ出したかった。
 こんなにも気持ち悪い言葉をなぜ簡単に人に投げられるのだろう。
 死にたい。
 理不尽に、押しつぶされそうで息苦しくなった。

「そういうの、気持ち悪いから」

 どうしていいのかわからない私をよそに水奈瀬コウはそう言った。
 その言葉を皮切りに周りで聞いていたクラスメイトがそれに賛同する。
 だけどそんなもので救われなかった。
 ただただ苦痛だった。
 その日の帰り道に別れを申し出た。

「ごめん」

 何も言えなかった。
 ただそれしか言えなかった。
 目を見ることさえできなくて、ただただ死にたかった。
 そんな私を見て、水奈瀬コウは「そっか」と言った。
 その日は、昔みたいに分かれ道で普通に別れて、さようならと言った。
 またねとは言えなかった。
 今まで隣にあった温もりが消えたことになんだか、罰だなと思った。
 浮かれて、勝手に傷ついて、腐れ縁を蔑ろにした。これはその罰だ。
 なんだか、それが辛くて、さっき我慢した涙が出だした。
 湿気が、空気を重くしてるような気がした。
 眩しいくらいの夕焼けが、目に刺さった。
 顔がぐちゃぐちゃな自覚があった。
 どうしていいのかわからなくて、しゃくり上げて泣きそうになった。
 手の甲で涙を拭くがそれでも溢れてくる。
 止まらなくて、足が止まった。
 今すぐ毛布をかぶって、声あげて泣きたかった。
 それでもここは外で、声を上げて泣くほどのものでもなかった。
 ただただ、止まらない涙に戸惑って、何もできなくなった。
 頭が痛くなってくる。
 しゃがみ込んでしまいそうになる。
 ただただ、俯いて、流れてくる涙でできた地面のシミを見ているようで見てないような、そんなことをしてた。
 ふと、影がかかった。
 頭に軽い重さを感じた。

「熱中症なりかけになってんじゃねぇよ」

 聞き慣れた声に、涙が止まった。
 胃が痛み出す。
 ぐちゃぐちゃの顔を上げて声の主を見た。

「……なんで」

 なんでおんの。

「お前が死にそうだったから」

 そんなことを言いながら。彼は細かな水滴のついたポカリスエットを首に当ててくる。

「とりあえず、日陰行くぞ」

 動かない足を、水奈瀬コウは手を引っ張って無理やり動かす。
 それが嬉しくて、嫌だった。
 路地裏は薄暗くて、ほどほどに涼しかった。
 立ち尽くす私に、ただただ水奈瀬コウは何を言うでもなく教科書で仰いでくれる。
 徐々に熱が引いてきて、顔のぐちゃぐちゃもマシになってきだす。
 何をするわけでもなく、何を話すわけでもなく、風を受けていた。
 それが、ひどく落ち着いてどうしていいのかわからない。
 しばらくしたら水奈瀬コウがペットボルトの蓋を開けて、私に差し出すからそのまま飲んで、軽く涼んで、落ち着いてきたあたりだろうか。水奈瀬コウは唐突に口を開いた。

「俺は、お前がまたこうなってたら同じことをするし、付き合ってるとか付き合ってないとか関係なく多分隣にいれるならいるわ。勿論お前が傷つくなら止めるけど」

 そんな言葉にどうしていいのかわからず、また止まった涙が出てきた。

「なんで、そんなうちに優しくすんの」

 なぜそんなに私のことを尊重してくれるのだろう。どうしていいのかわからない。わからないから怖くなる。
 不安が心を占めている。

「……さぁ?」

 その言葉に余計にどうしていいのかわからなくなる。それが伝わったのだろう。水奈瀬コウは付け足す。

「強いて言うなら、お前がいた方が楽しいから」

 そうして、少し水奈瀬コウは考え混む。

「俺が守るなんて言わないけどさ、理由とか関係なく隣にいたいんだよ。別にそれがどんな形でも良くって」

 必死だなと思った。同時に不思議だとも思った。
 さっきまで苦痛だった水奈瀬コウの隣は、昔のように居心地がいいと思い始めている。

「とにかくさ、お前がこの関係性に理由とか意味付けが欲しいだけならその、恋人とかじゃなくてただ親友って言っとけばいいと、その、思う……勘ぐりするやつが変な奴なんだよ。そんな奴のせいで傷つくお前を見るのは嫌だし、それに振り回されてお前を傷つける原因になるのは、やなんだよ」

 水奈瀬コウがあまりにも必死にそんなことを言うもんだから私はどうしていいのかわからなくて少し吹き出した。

「親友って………はずかしっ」

 あんな斜に構えたやつが親友なんてくさい言葉を使うとは驚きで、水奈瀬コウ自身もそのらしくなさに死にそうになっていた。

「……うるせぇ」

 顔を赤くさせて俄にキレそうになってる彼を前に少し考える。
 親友というのは、なんだか私たちを表すには違う気がした。恋人だって勿論違う。それに、腐れ縁も近くて遠い。
 理由がなくても水奈瀬コウがそばにいてくれると宣言された今、関係性を形にする必要性は無くなっていた。

「………うちらは、うちらでええんかも」

 無理に形にする必要はなく、無理に言葉にする必要もない。なら、私たちは私たちでいいのだと、そう思った。

「……お前も大概くさいことを」

 言ってからその事には気づいたがそこまで後悔はしていなかった。

「うるせぇ。ほら、どうせお前のことやから冷えたお茶とかあるんやろ。うちの目元のためによこせや」
「……はいはい」
2022年01月15日
2023年02月03日