夜、風鈴、ベランダ、コウきり

マシュマロでいただいたリクエストです

 夏休みの間、暑中見舞いを生徒に送った。
 葉書にはフリーで落とした夏っぽい素材を配置し、夏休みの終わる日と始業日に必要な物だけを記載した。
 一応終業式の日に同じことを書いたプリントは渡してるが何人かはそのプリントをぐしゃぐしゃにしてるような気がしたので、毎年送っている。まぁこれをしても忘れる奴はいるが。
 自宅の一応あるだけのプリンターはガーガー音を鳴らしながら同じものを吐き出す。
 手書きで住所を書きながら一応一言づつ言葉を入れる。体が弱い子には夏バテには気をつけてとか、サッカークラブに入ってる子には怪我には気をつけてとか。どうしても似たり寄ったりな文章になりがちだが、かと言って長く書くと時間が足りない。
 先生も夏休みだからと一人罪悪感を消した。
 
*
 
 全ての葉書を輪ゴムでまとめてポストに入れると結構でかい音がする。
 いまだに慣れない。
 家からポストまでは意外と遠い。おそらく自分が知らないだけで結構近くにあるんだと思う。
 あるいは見かけているんだろうが、年に二回––たまに三回しか使わないせいか頭があそこにあったと記憶しないようで、まぁいい運動だと誤魔化して毎度歩いてる。
 さて、このまま帰ってもいいがなんだか勿体無いような気がする。
 かと言って葉書を出すだけなのでスマホと財布くらいしか持ってきていない。何かできることがあるとすればコンビニに行くくらいだろう。
 自分ってずっとこうなんだろうなと思いながら踵を返すと見慣れた子がいた。
 
「先生?」
「……こんにちは、きりたん」
 
 眩しいからなのか、睨むようにしながらこちらをみる子は東北きりたんといい、うちの生徒だ。
 思い出すと家庭訪問の頃はここら辺に来た気がする。
 家が近いのだろうか。
 
「……宿題進んだ?」
「……」
「進んでないっぽいね」
 
 例えばこれが中学とかだったら図書館で自習ができるよとか言えるんだろうが、うちの小学校にはそんな制度はない。
 
「遅れてもいいからやり切ろうね」
「……はーい」
「それじゃあ、僕はこの辺で」
「あ、待ってください」
 
 とりあえず昼ごはんでも買おうかと歩き出したがきりたんの声に足が止まる。
 
「その、そうめん好きですか?」
「好きだけどどうして?」
「うち今5kgくらいありまして」
「……毎日そうめん生活とか?」
「いえ、毎日そうめん生活にならないように気をつけた結果全然減らなくてですね……」
「あぁ、なるほど。貰っていいなら嬉しいけど……」
 
 一応学校の方針としては推奨していない行為だ。だけど生徒から直接もらうなら問題ない、はずだ。
 
「1kgでも2kgでも」
「いやそんなには……」
 
 高い塀の中には今どき珍しい平屋があり、縁側と、それなりに大きな木のある庭はまるでタイムスリップをしたような気持ちにさせる。
 
「そこ、座って待っててください」
 
 指定されたのは縁側で、座るとちょうど日陰だからすごく涼しく感じる。
 風が吹いた時、綺麗な音が聞こえた。
 
「……風鈴?」
 
 音の正体を探ると近くに鉄製の風鈴があった。
 
「先生、このくらいでいいですか?」
 
 そう言ってビニール袋とグラスに入ったお茶をきりたんは持ってくる。
 
「……これどのくらいあるの?」
「800gくらいです。少ないですか?」
「いや、ちょうどいいかな」
 
 飽きない程度に今年の夏はそうめんを食べられそうだ。
 ふと、また風が吹いて気持ちいい音がする。
 
「……いい音だね」
「あぁ、風鈴ですか?」
「うん」
「上の姉が買ってきたんです。どこかは知らないんですけど……無骨なんですけど、いい音がするんでお気に入りです」
 
 確かに見た目は涼しげなガラスなんかに比べたら無骨だ、でも確かにいい音がする。
 
「でも最近は聞き飽きましたね……あ、お茶どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
 
 そう言って渡された冷たい麦茶を飲むとまた風が吹いて今度は何度か風鈴が鳴った。まだまだ鳴ってやると言ってるようで少し面白かった。
 そうして、少しの間涼んだ後、きりたんにお礼を言い家に帰った。
 
*
 
 部屋に着くとなんだか疲れ、クーラーをつけてすぐソファーで横になる。
 いつの間にか寝ていたらしく、スマホを見たらもうすっかり夜という時間だった。
 何気なく目がいってカラカラと音を鳴らしながらベランダの扉を開けると蝉の声がした。どこか遠くで車の音がする。もっともっと遠くからは踏切の音が聞こえて、ふと近くから風鈴の音が聞こえた気がした。
 あの家から帰ってから自分の部屋に風鈴があったらとも考えたがあの伸びやかな音はうちじゃ鳴ることはない気がする。
 ぬるい風が吹いて、また風鈴の音が聞こえた気がした。
 でもきりたんはヘッドホンでもしてて聞いてないんだろうな。
 明日届く葉書に書かれた夜更かししないようにという一言に苦虫を潰したような顔するに違いない。
 伸びをして、部屋に戻る。クーラーはいつも通りに動いてる。きっとこの夏もうベランダに出ることはないんだろうな。
 ぼーっと考え事をすると主張をするようにお腹がなり、そういえば昼を食べてなかったと思い出す。
 近くを見れば貰った素麺があり、とりあえずお礼もしないとなと考えながら封を開けた。
 
2023年08月17日公開
2023年08月30日編集