帰ったら二人で

琴葉葵、スープマグカップに薄いミルクティーを作るのが好き
東北きりたん、果汁のジュースが好き

 欲しいもの決まりました? という相手からの連絡で止まったトーク画面に、何度か文字を打っては消す。
 ことの発端は数日前である。
 
「夏休みは東北の家に帰ることになってるんですよ」
 
 そういってため息をついた。
 英語の宿題をする私の横で漫画を読み、先ほどの発言をした少女の名前は東北きりたんといい、同級生の妹だ。
 いわゆる鍵っ子というやつで、色々あり同級生のずん子ちゃんが弓道部で帰りが遅い日だけ私達のうちに来て適当にゲームをしたり、漫画を読んで過ごすようになった。
 別にずん子ちゃんと特別仲がいいわけではなく、むしろきりたんと話すことの方が多く、変な仲だなと思いながら頭を切り替える。
 
「東北って具体的にどこ?」
「宮城です。あ、でも恐山に上の姉が行ってるので青森にも行きますね。お土産、何か欲しいものありますか?」
 
 宮城と青森が頭に浮かんでは消えて、代わりにりんごと牛が頭に浮かぶ。あとずんだも。
 この中で何か欲しいものはあっただろうか。と思うが別にどれもいらない。
 
「うーん、なんか調べとく」
 
 適当に夏休みの間に決めておけばいいかと適当に考えて、英語の宿題に再度目を落とす。
 
「はい、所でこの次の巻はどこですか?」
「どれ? ……あーその漫画そこで飽きて集めてない」
「……そうですか」
 
 随分と落胆した表情をするので、確かその作者の別の作品なら集めてたけどと言おうとしたところでチャイムが鳴った。
 モニターを見れば見慣れた緑の髪。
 
「ずん子ちゃん来たよー」
「はい、今日もありがとうございました。お土産決まったら連絡してください」
「うん。じゃあね」
 
 そんな話をしながら見送りに行き、扉を開けてずん子ちゃんと軽く話して手を振った。
 そこから大体二週間。二日前にきた連絡に返事を出来ずにいる。
 適当におすすめでいいよ、と言おうとしたがそれで全然興味のないものが来た時に私は落胆するに決まってる。だからそれはダメ。
 牛タン欲しいとも思ったが多分ずん子ちゃんは真面目だからきりたんに送られてきたそれを見て結構しっかりめに高いのを買う気がする。だからそれもダメ。
 でも、お土産何もいらないよというと多分あの子を傷つけてしまう気がする。だからやっぱりこれもダメ。
 と、なると手詰まりだ。
 連絡を無視したつもりはないがかといって返事もできない。
 とりあえず、今日中に決めるかと頭では思いながら手は検索をしたくないといってるようで動かない。
 こういう時はもう何もかもを放り投げて出かけるのが一番だ。
 財布とスマホ、それ以外は何も入らないような鞄に詰めて、扉を開ける。蒸し暑くて、日差しが目に痛い。
 
「……いってきまぁす」
 
 部屋に戻るという選択肢も出たが、なんだかよくわからない天邪鬼で歩き出した。
 
*
 
 汗がダラダラと滴っているのがわかる。一応デオドラントはしたから匂いはマシなはずと思い込みながら歩く。こんなカバンじゃなくてもっと、ちゃんと日傘とか持ってくればよかった。
 そんなことを考えるがもう引き返すには遠い。
 ふと、東北は涼しいだろうかと思ったがニュースではどこもかしこも暑いらしいと言っていた。そんなに変わらないのかもしれない。
 コンビニに寄ったりしながら、どこに行きたいのだろうかと考える。何も考えずに出てきたが、お金はそれなりにある。夏休みはバイトで得た金を溶かすためにそれなりにおろしていた。
 カラオケ、スーパー、カフェ、思いついたはいいが別にどこも惹かれない。
 特に理由なく遠くにでも行こうかと思ったが、帰ってくるのが面倒くさい。
 そうこうしてるうちに暑くなってきた。
 とりあえずどこかに入らなきゃ死ぬ。そう思って見渡した中に本屋があった。
 他のところに、と思ったが何も考えたくない。仕方なく本屋の自動扉を開けた。
 中は想像していたよりも涼しく、ほっとため息が出る。
 本屋には最近寄らないようにしていた。特定の棚をみると胃が痛くなるからだ。姉は逆に本屋に行って気を引き締めるらしい。
 双子だというのに全然わからんと思いながらなるだけ見ないようにしつつ勉強系の棚から近い漫画コーナーへといく。
 息抜きは何においても大事だ。そう言い訳をしながら眺めているとよくみる漫画があった。
 きりたんが最近読んでるやつだ。
 家にあったのが七巻までだった気がする。そして最新刊は十八巻。もうそんなに出てたのかと一人で驚く。背表紙をなぞり、どんな話だっただろうかと思い出すが、記憶にはない。ただ、きりたんがキラキラした顔でこの漫画を読んでいたことは覚えている。
 漫画を読み終わるたびにほっとため息をついたり、次のどこですかと慌ただしく聞いてきたり、楽しそうに読んでいた。
 まぁ、私には関係ない話だ。
 他に欲しい漫画があるし、そういえばみたい文庫本もあった。
 そして本屋を一周して、また同じところに戻ってきた。
 
「……」
 
 財布を見ればまぁ、最新刊まで追いつけそうだし十分なお釣りもでる。
 だけど私はこの漫画は別に好きではない。だから、ちょっとむかつく。やっぱり謎の天邪鬼なところが出てきて買いたくなる。でも、まともな私がもう一回見て回って帰ってきて、また財布を見たら買う。そう決めて本屋を再度一周する旅に出た。
 
*
 
 ありがとうございました、と控えめな定員の声と、手のしっかりとある重み、外はある程度暗くなっており先ほどよりはマシな蒸し暑さだった。もちろん本屋よりも暑い。
 さっさと帰るに限る。
 そう思って行きはダラダラと歩いたが、大股でそれなりに早足で家に向かう。
 
「ただいまぁ」
 
 家は涼しく、汗が急に冷えて寒いくらいだった。
 姉はバイトに行ってるらしく、ついさっきまでいたのかエアコン自体は切れていた。
 すまんなと思いながら付け直し、シュリンクを爪で引っ掻き一冊一冊剥いていく。
 そして部屋に戻り最近無視してたトーク画面開きこれを見ながらつまめるやつ、と書いて一緒に撮った写真を送った。
 一巻から読み返してみると昔と違って結構楽しく読めた。もうすでにきりたんは追い抜いた。ほんとは勉強しなきゃいけないのはわかっているが普段は真面目にやってるからよしと自分を甘やかす。実際真面目な方だし、模試の判定は結構いいし、結局困るのは自分だ。いや親も困るか。
 いや今は漫画だ漫画。読み終わったら絶対勉強するから。
 数時間没頭してると通知が来てトーク画面が更新されてる。
 美味しいの買っていきます、と一言。
 何か言おうかと思ったが面倒になってスタンプでよろしく♪と普段なら絶対使わないようなもので返した。
 帰ってきたきりたんに、うっかりネタバレしないようにしないと。
 
2023年08月30日公開
2023年08月30日更新