そこに、確かにいた(別名2021年まとめ)に収録
学級文庫には、先生のセレクトの本が入っている。
一年の頃は三段の、白いカラーボックスに少量の絵本とゾロリや青い鳥文庫の低学年向けの本。それとまばらに文庫本があった。
二年の頃は先生が中学の技術で作ったという小さな棚に、文庫本とハードカバー。それと、一冊だけ写真集があった。
三年の頃は四段の、焦茶のカラーボックスに、ぎっしりと本が詰まっていて、ジャンルも雑多だったことを覚えている。
四年の頃はランドセルくらいの箱が二つあり、モモ、はてしない物語、宮沢賢治全集や、赤川次郎などなど、先生曰く、先生自身が四年生の頃に読んでたものが詰め込まれていた。
さて、五年。目の前には今年初めて担任となった、水奈瀬コウが作った学級文庫。
そこにはブックエンドに挟まれた、たった三冊の本がそこにはあった。
13歳のハローワーク。深夜特急1。どこかへいきたくなった時に読む本。
なんとも言えぬラインナップだ。なんとも言えなさすぎる。メッセージ性の強い本棚だと思ったし、それにしてはメッセージが薄いとも思った。なんとも言えなさがこの本棚から漂ってる。いやまぁ、本棚ではないんだけれど。
いつも読書時間に学級文庫を見るのが好きなのだが、この三冊のうち一冊と考えると逆になんだか選びづらい。
それでも、そろそろ読書時間が始まるから仕方なしに一冊取り出した。
一番薄い、深夜特急1を。
*
「東北さん」
不意に、肩に触れられた感覚があった。
「は、はい!」
本をパタンと閉じて、触られた方を見ると先生が立っていた。
混乱する私をよそに、先生は続ける。
「もう読書時間は終わったので、本を片付けてね」
「あ、すみません」
後ろに近い席だから、すぐに学級文庫に戻す。
クラスメイトが笑ってるような気がしたが、それを無視してさっさと席に戻る。
先生は、ではホームルームを始めますとか言っている気がしたが私の頭は全く別のところにあった。なんとなく埃っぽく、日 差しの眩しい想像上のインドに思いを馳せていた。
よく知らない飲み物であるチャイの甘さだとか、ピエールの辿々しいかごめかごめだとか、そうあとは、まだ見れていない旅の続きだとかそんなことしか考えていなかった。
とりあえず、私は授業が開始してもノートと教科書を開くだけで終わって、ただただ黒板に書かれた通りのことだけをメモしていった。
そんな私を先生が見てることには気づかず。
*
「東北さん」
「え、あ。なんですか。先生」
授業が終わり、また本を読もうと立ち上がる私に先生が声をかけてきた。
「深夜特急、そんなに気に入った?」
何か思えばさっきの本の話だった。
「えっと」
気に入ったかと言われるとよくわからなかった。
気に入った気もするし、そんなことはない気もする。
「まだ、よくわかりません」
「そっか」
「はい」
話はそれだけだろうか。戸惑う私に先生は続ける。
「本、もしも気に入ってくれたなら嬉しいんだけど授業には集中してほしいなって思って」
「それは、ごめんなさい」
「それとね、明日また持ってくるなら持って帰ってもいいよ」
「ほ、ほんとですか!?」
つい反応してしまい大きな声が出る。先生だけでなくクラスメイトがこちらを見ている。
「あ、えっと、すみません」
なんだか恥ずかしくて声が小さくなる。死にそうになる私とは裏腹に先生は軽く笑う。
「そんなに気に入ってくれたなら、よかった」
それが少しありがたくて、やっぱり恥ずかしかった。
2022年01月15日公開
2023年02月03日更新