伊織弓鶴-アルバイター。車の運転ができる。
琴葉茜-大学生。妹離れができない。
(出てこない人 琴葉葵-大学生。大学進学を機に上京。)
従姉妹から、唐突に連絡が来るのは彼女が酔っ払ってる時が多かった。
今もそうだ。銭湯たのしというLINEと共に梅酒のロックらしきものが写ってる写真がきた。
無視をしようという気持ちと、広い湯船が頭によぎる。湯船に浸かるついでに彼女にたまたま会うことだってあるだろう。狭い街なんだから。そういうことにしよう。そう思って、時計を見た。アルバイトが終わるのはあと30分。移動時間も見積もったら合計35分程度だろうか。
そう考えてると入店音が聞こえた。
「いらっしゃいませー」
まぁ、どうせ彼女のことだ。どうせそんな遅くに言ってもいるし、弓鶴くんこーへんなぁと項垂れていることだろう。
だから、今は仕事に集中しよう。
○
大体35分後、読み通り彼女はそこにいて、項垂れていた。
ビールジョッキがあり、ちゃんぽんしたのかと少し顰めっ面になる。
「あ、弓鶴くんやー」
「弓鶴くんだよー」
俺が彼女の前の席に黙って座ると嬉しそうに彼女は手を振ったので、俺も振り返す。しばらくすると茜ちゃんは不思議そうな顔をする。
「……なんでおんの?」
「茜ちゃんがLINEしたの見てひろーい湯船に浸かりたくなったの」
遠回しに会いたがってるのだと思っていた。それを指摘すると彼女は恥ずかしがるだろうと思って、最初から考えていた言い訳を告げる。
「え? LINE? なんそれ」
が、そもそも前提が違った。
「え?」
「え? ……あっ! 葵じゃなくて弓鶴くんに送ってる!」
「えぇ……」
「ごめーん……」
どうやら彼女は二年前に東京の大学に進学した、双子の琴葉葵に対して連絡をするつもりだったらしい。
何かの手違いで俺に連絡が来てしまったようだが、まぁ、だとしたら、なんとも無様なものである。
それでも、そもそもが俺が勝手にくると決めたのだから、無様でいいのだ。
「ま、いいよ。俺これからお風呂浸かってくるけど茜ちゃん上がるまで待つなら送るよ?」
「ほんまー? なら、まつー」
「ん、じゃあこれでなんか適当に遊んどいて」
そう言って財布から適当にお金を取り出して茜ちゃんと別れ、券売機に行く。
手ぶらセットに、露天風呂にも入れる方のプランを押して、受付に。パンツだけは近くのコンビニで買っておいたのだが正解だったらしい。
お金は渡したんだ。多少待たせても彼女なら怒らないだろう。
そんなふうに考えて、さっさと男湯へと入った。
○
結論から言うととても気持ちよかった。
骨身に染みるとはまさにこのこと。来てよかったと素直に思った。さて、散々待たせた彼女どこだろうと少し探すが見つからない。LINEで居場所を聞こうとすると一件新着メッセージがあった。
ゆづるくんからもらったお金でお風呂いきま〜す! と。一言。
まぁ、いいけどさ。お酒飲んだ後に入るなんて倒れても俺知らないから。
そうなるとこちらは待つことになる。
ゲームコーナーを覗こうかとも思ったが中々心が惹かれないラインナップ。お土産コーナーは、微妙だ。マッサージチェアにでも、と思ったところでご飯どころが目についた。ちょっと前に茜ちゃんがお酒を飲んでたところ。
そういえば夜ご飯まだだったな。
一回ご飯のことを考えると思考がそれにジャックされる。仕方ない、ご飯を食べよう。
適当な座敷に座り、あぐらをかく。メニューを見るとミニうどんの御前があった。
なんだか心が惹かれ、とりあえずそれを頼みセルフサービスの緑茶を入れる。
茜ちゃんはどのくらいで出てくるだろうか。
まぁ、流石に食べ終わる頃には出てるだろうし気長に待つか。
○
ミニうどんを食べ始めて、しばらくすると、幸せそうな顔で階段を降りてくる茜ちゃんが見えた。
茜ちゃんも俺に気づいたらしく軽く手を振っていたので振り返す。
一直線でこちらにくるかと思ったが、どうやらコーヒー牛乳を買ってからくるらしい。
「いやぁ……いいお湯でした」
「よかったね。男湯もよかったよ」
そういうと茜ちゃんは今日酒を飲んでた時みたいに項垂れた。項垂れた、と言うか、軽くのぼせてるようで、頬にコーヒー牛乳をつけて熱を逃していた。
「まさか一日に二回も銭湯に入るなんて思わんかったわ」
そう言いつつも満足気であることは声音から伝わった。
「俺も想定してなかった」
「ん、いーなーうどん」
「いる?」
「いやぁ、入らへんわ」
「そう?」
彼女はそこまで少食だっただろうかと一瞬思ったが酒を飲み始めてからあんまり食べなくなったと言ってた気がする。
ビールジョッキと共にいくつかつまみがあったであろうからの皿があった。きっとすでに食べていたからだろう。
「うん。はー、ビール飲んでいい?」
でもビールは入るようだ。
「だめー」
「ちぇー」
「ていうか、コーヒー牛乳とビールってお腹チャプチャプにならない?」
「あーなるか」
独りごちてる茜ちゃんを横目に御前を食べ切ってしまう。
「ん、ご馳走様」
「はやっ」
「待たせるのも申し訳ないからね」
「はー、おっとこまえー……もう帰る?」
「茜ちゃんが飲み終わるまでは待つよ」
「うぃー、待っててなー」
「うん。まつまつ」
そんな、いつものやりとりをしてると急に茜ちゃんの目が変わった気がした。
なんだろう。
「……弓鶴くん、うちなんかにかまってていいの?」
その疑問に対してどう答えるべきなのかわからなかった。
「何が?」
「いや、こう……普通従兄弟ってここまで距離近いんかなあって」
その疑問は、確かにそうかもしれない。というか、葵ちゃんが高校生の頃にそう言われた気がする。回答はその時と同じである。
「さぁ、まぁ、いいんじゃない? 誰が止めるわけでもないし」
そういうと生返事が返ってきて少し考えてしまう。どうやらあまりこの回答はお気に召さなかったらしい。
「あ、もしかして恋人作るのに俺いたら邪魔とか?」
少し考えて出てきた結論はこれだ。が、茜ちゃんは先ほどとは違いすぐに否定する。
「いやいやいや、そういうわけじゃなくて、ていうか弓鶴くんこそ、うちが邪魔になってるんちゃうん」
「んー、そんなことないけどな」
「そう?」
そういうとようやく安心したようでまた、少しふにゃりととした笑顔を浮かべる。
「うん、そもそも作る気あんまないし」
そういうと、急に茜ちゃんがニヤニヤとしだす。しまった。
「えー、ないん?」
「うん」
「もったいなー」
「ほらほら、他人の生き方に口出すな」
「へーい」
そう返事をして茜ちゃんはコーヒー牛乳を一気に飲んだ。
「ん、帰ろー」
「帰ろっか」
そう言って立ち上がると茜ちゃんがそういえばとポッケからお金を出してきた。
「おつりでーす、ありがとうございましたー」
「いえいえ、楽しんだようで何よりです」
そんな返事をして受け取ったお金を財布に入れて、会計分の金を取り出し、レジに向かった。
○
温泉から出てまず感じたのは地に足がついてないような、ふわふわとした不安定な感覚。
「ねむーい」
「わかるー」
どうにも、穏やかすぎて眠い。
昼間は暑い暑いと言って真夏日だと言った記憶があるが、夜の肌寒さはしっかりと秋を感じさせる。
茜ちゃんは髪をしっかりと乾かしてなかったようで少し寒そうにしていた。
「しっかり乾かしなよ」
「んー、あ、アイス」
「はいはい。帰ったらあるでしょ」
「あるけどー」
「今日はなしー」
「ちぇー」
そんな話をしながら立体駐車場に止めた車へと向かう。
「ゆーづるーくんの、くーるまはー……あれやっけ?」
「それー」
そんな話をして、ピッとカギを使った。
「助手席ー?」
そう言いながら扉の前に立つが、確か今日は後部座席を綺麗にしてる筈だ。
「どっちでもいいよ」
「はーい」
そんな話をしながら彼女は助手席に乗って、さっさとシートベルトを閉めてる。
「元気だなぁ」
思わずポツリと呟き、さっさと自分も運転席に座りシートベルトを閉めた。
「ごー」
「はいはーい」
無邪気な彼女に合わせるようにテンションを上げながらアクセルを踏み、立体駐車場を出る。
広い駐車場があるせいでもう遠くになった温泉を眺める彼女を見て呟く。
「またこよーね」
「うん。葵ちゃんと一緒に来てもええかもなぁ……」
「はは、俺はさしずめアッシーかな」
「なんそれ?」
「んー、アッシーってのは」
ふわふわとした会話をしながら二人で夜の街を進む。
ちらほらと見えるオレンジの街灯がなんだか優しくて今日を祝福されてるようだった。アイス、買ってもよかったかもしれないな。
2021年10月06日公開
2022年12月01日更新