マスター-結月ゆかり雫が信仰対象。
結月ゆかり雫-登録ネーム「雫」の結月ゆかり雫型のアンドロイド。
ガチャっと、扉を開ける音と共にただいま戻りましたという声が響いた。
あぁ、帰ってきたのかと伸びをする。いつのまにか時間は19時でもう6時間もぶっどうしで作業してるという事実に笑ってしまった。
そのまま、おかえりーと声をかけるために玄関に向かって、そこで靴を脱いでいる結月ゆかりの姿を見て絶句した。こいつ、マジかと。
視線に気付いたからか、靴が脱ぎ終わったからか雫と目が合う。
「なんですか。そんなジロジロ見ないでください」
「いや、その、まず聞いていい?」
「は? なんですか?」
「どこ行ってたの?」
そう聞くとものすごく嫌そうな顔をされるがこっちがしたい。
「……図書館です」
「うそつけ」
「な、なんでわかるんですか!」
「お前のその格好だよ!」
そう指を刺しながら言うと訝しげにしている。こいつはなにを言っているんだという感じなので自分の姿洗面所の鏡で確認しに行かせる。
直後ぎゃー! と大きな悲鳴が聞こえ、こちらに走ってくる音も聞こえる。
思わずため息をついた。
「な、ななな、なんですか! コレ!」
そう言って着ていたセーターを投げ渡してくる。当たり前だが受け止めることはできず、顔に直撃した。ロボット三原則はどうした。
そこについているのは多種多様なひっつき虫たちである。ほんとどこに行ってたんだか。豆みたいな形のに、ウニみたいなの。なんかその他諸々色々な枯葉やら、タネやらがついている。
「とって!!!」
「……」
わがままかよ。自分で取れよと言おうと思ったがギャーギャー騒ぐ雫がますますギャーギャー騒ぐのだと思うと憂鬱になる。
「はいはい、仰せのままに」
わざとふざけて返事をするとふざけるな! なと後ろから悲痛な叫びが聞こえた。
「ていうかスカートの後ろにもついてるけどいいの?」
「へえっ!?」
一応気づいてるかとも思ったがこの様子だと気づいてないようだ。混乱しているのかスカートのジッパーを外そうとしてる。
「ここで脱ぐな! 部屋でやれ!」
「ぎゃー! みるな!」
「お前が脱ぎ出したんだろ!!!」
つい、怒鳴ってしまった。ゆかりはマイクがある耳を両手で塞いだため持っていたスカートがずり落ちる。
完全に落ちてしまう前に回れ右を行う。あっちょ、とか色々と喋る声や音がおさまったのを確認して口を開いた。
「ごめん」
少し、ため息混じりの謝罪を同じくため息混じりで返される。
「……いえ、こちらこそすみません」
「……着替えてきたら。こっちは、リビングでセーター掃除しとくわ」
「……はい」
少し重い声が返ってきた。
逃げるようにリビングの扉を開けて、扉を閉める。
あぁ、またやってしまった。なんでこうなってしまうんだろう。
*
結月ゆかり雫は自分の中の信仰対象に近い存在だった。ずっと前に存在を知り、結月ゆかり雫モデルのアンドロイドが出て欲しいとずっと願っていたところでの登場。条件反射的に購入し、性格チップは変更無しのオリジナル性格で設定をした。のだが。
見た目は文学少女で、おとなしい外見の結月ゆかり雫こと登録ネーム雫は、普通にクソガキだった。13歳ってこんなクソガキ? と言いたくなるくらいクソガキだった。生意気というか、大人びているからこそ大人を小馬鹿にしているというか、背伸びをして面倒な子供というか。兎にも角にも嫌なやつだった。
信仰対象である結月ゆかり雫の外見をして、結月ゆかり雫の声を出すとしてもだいぶムカついてしまう。
そのせいで雫が家に来てまだ10日しか経っていないのに雫との関係性がとても微妙なものとなっている。
初日は雫の充電中にブレーカーが落ちてしまい雫があまりにも罵倒するもんだからつい口答えしてしまった。
2日目には町のマップ登録のために道を実際に歩いている最中になにもないところで蹴躓き、雫に笑われて少し喧嘩をしてしまった。
4日目には雫の服を洗おうとしたら老廃物が出ないので必要がないという話になったが普通に埃とかもついてるだろうという話で売り言葉に買い言葉で喧嘩になった。(結局新しい服を渡し、洗った)
7日目で雫の皮膚テクスチャが破けていたのでどこでそんなことになったのだと喧嘩になった。(行動記録を見ていったが結局わからなかったし、一応、応急処置をしたが傷が目立つために次の日には公式ショップで張り替えてもらった)
そして10日目の今日だ。もうここまで喧嘩をしてしまうなら性格チップを変えるべきだろうかとも思うが、なるだけそうはしたくない。そもそもそれ以上に自分の性格に問題があるのではないかと思い始める。
「はぁ……」
思わずため息をついた。
とりあえずそれを考えるのは後ででいいやとソファーに移動して座り、セーターを改めて眺める。
本当にどこを行ったのだと聞きたくなる。とりあえず目についたやつから一つ一つ手でむしり取っていくが、もうこれなら公式ストアで新規で買った方が良さそうな気がする。
後で雫に相談しておこう。
でもそれはそれとして気持ちを落ち着けるためにもひっつき虫と外他諸々のゴミを取っていく。
すると扉が開く音がした。
「……」
「……」
目があったが、会話はない。気まずくなって、思わず目を逸らした。雫の視線は逸れることがなく未だに見られている気配がする。気まずい。さっさと逸らして欲しい。
「……」
そう思っていると視線が逸れたようで安心するがソファーが少し沈む。
雫が座ったようだ。
なぜ。より気まずいじゃないか。
「……と、れますか」
不意に部屋にそう声が響いた。
「……取れないかも」
「えっ」
「ぶっちゃけ買い直した方が早いと思う、だから買い直そうと思うん」
「だめ!」
大きな声が響く。スピーカーギリギリの音のようで思わず耳を塞いだ。そうした支えるものがなくなり落ちたセーターが滑り落ちる前に雫に強奪された。
「わた、私が取るので! マスターはもう仕事にでも戻ってください!」
なんだかこちらが悪者みたいな反応に少しムカついてしまう。あぁ、こういうのがダメだというのに。
「……別にもうたいした出費じゃないし買っても問題ないんだけど」
「だ、だだ、だめです!」
「逆にどうしてダメなの」
「えっあ、それは……」
そこで言葉に詰まる雫になんとも言えない気持ちになる。
「……言えないなら買うから」
自分は服一つ買えない不甲斐ないマスターだと思われているのだろうか。
ついムキになってしまうと雫がプルプルと震えている姿が目に入る。
「わ、私が雫らしくないからですか……」
その言葉にすぐには反応ができなかった。
「……は?」
「私が雫らしくないから! 好きじゃないんですか! 否定するんですか!」
「は、はぁ?」
「だって! マスター私のことおこ、って……ばっかじゃないですか……わ、たしのこと……きらい、でしょ……」
そう言いながら雫は涙を流している。
「なっ、泣くな泣くな! 嫌いじゃない! 嫌いじゃない! 雫のこと好きだよ!」
ついそういうがとりあえず否定しているようにしか聞こえないだろう。
「うそだぁ……」
現に雫にはそう聞こえたようだ。
「嘘じゃない! 時々ムカつくけど、それはそれで結月ゆかりらしさだと思うし、雫の見た目らしい性格じゃないことはたしかだよ、でも、だからって雫を嫌いになるなんてことはないよ」
「……でもぉ」
あれ? これ全然雫の言葉を否定できてる気がしないな? でも本当に雫が嫌いなわけじゃないんだ。
「口悪くて傷つけたなら謝る、でも、ほんとに嫌ってないんだよ」
「……ほんと、ですか」
「ほんとに、全然嫌ってないんだよ……」
そういうと雫は落ち着いたようで目元を拭いこちらを見て少しギョッとした表情を浮かべる。
「……マスターはなんで泣いてるんですか」
そう言われて目元を触るがこちらも泣いていたようだ。雑に拭う。
「……ずっと前から雫型のアンドロイドを望んで、でた時にきちんと傷つけないようにしようと決めてたのに、雫を知らず知らずのうちに傷つけてしまったんだと思うと、雫に申し訳なくて」
そう話しながらまた涙が出始めて恥ずかしくなる。
焦ってる時により焦ってる人を見ると落ち着くというが、雫もそんな感じになっているのか急激に落ち着き始め、おずおずとこっちの手を握り、話しかけてくる。
「……私は、マスターの求める雫なんですか?」
そう聞かれると、答えはひとつだ。
「違う」
「……」
そういうと握っている手が強くなり、雫が泣きそうになるので慌てて付け足す。
「でも、うちの雫だよ」
「……」
「遅くなったけどおかえり」
そう言えば言えてなかった。そう思っていうとあからさまに雫が安堵した表情を浮かべる。
「……ただいまです」
それにうんと、返事をした。
それからしばらく二人でソファーの上でなにをするでもなくただ手を握り合った。
「……とりあえずさ、これから寒くなるしどのみち替えは必要だったから公式ストアでセーター買うけど、これはこれで掃除しよう」
「……はい」
とりあえず、セーターの件はこれで終わった。それと、微妙な関係も少しはマシな関係になるだろう。
だけど解決してない問題もある。
「ちなみに、ほんとにどこに行ってたの?」
「そ、それは……」
あからさまに慌て始める雫に一度ため息をついた。
「……言えるようになるまで待つよ」
「……ごめんなさい」
「いいよ。ま、好きなとこで過ごせばいいよ」
思わずそういうと雫の握る手が少し強くなる。
「……好きなところで過ごしていいんですか?」
「うん」
「ほんとに?」
「うん」
「ほんとのほんと?」
「うん。そうだって」
嘘じゃないのかと何度も確かめるように言われて何度もうんというが信じてくれない。三回目でようやく納得したようだ。
「……じゃあ、家にいます」
その言葉で気づいてしまう。
あぁ、雫ってほんとは家にいたかったのか。
「……」
思わず生暖かい目で見てしまう。
「な、なんですか。じゃ、邪魔だって言ってもいま、居ますからね!」
「いや、雫のことを勘違いしてたなって」
「は、はぁ? とにかくいますから!」
「はいはい。ここは雫の家でもあるからね」
「……」
「うわ、こずくなって」
真っ赤な耳を見ないことにしながらわざと鬱陶しがる。兎にも角にも、たとえアンドロイドでも信頼を築いていく事は大事なんだから、もっとゆっくり関係を深めればいいかと思う。まだ10日だ。10日でここまで打ち解けられたのだ。また、いつかどこにいたとか、何で外にいたとか、何で上着をとっておきたかったのかを教えてもらえるように頑張ろうと、自分の中で雫に……ではなく信仰対象の結月ゆかり雫に誓いを立てた。
2021年10月13日公開
2022年12月02日更新